表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/54

第35話 護り牙


 徹と名乗った女性は光也に警告に来たのだという。詳しい話はすでに語られたとおり。不思議な話だが嘘とも思えぬ。語り終わった徹がいう。


「兄に会いに行きたいが、話を聞くに、親族を亡くしたところのようだな。落ち着いてからにしようか。面倒ごとを持ち込んで悪いが、こちらも兄とは縁がある様子。折を見て案内してもらってもよいだろうか」


 問われて、困った顔で応じる十五郎である。


「縁と言っても歓迎されぬ縁だ。はるばる遠くから来ているのだから、助けにはなりたいが」


 と、逡巡する十五郎を遮って、


「わかりました。案内しましょう」


と言うのは、神尾葛葉である。いわれあって、またの名を神尾琴葉ともいう。


「私どもも、あなたの兄、光也様とは積もる話もございますので。その時は同行いたしましょう。よろしいですね。御主人様」


「え、俺か。あ、はい、御任せします」


 その返答に満足したように、葛葉あるいは琴葉が笑みを浮かべる。その笑みに、徹は、なにやら落ち着かない様子である。


 一方、話に入れず、不満げな真子がいう。


「あたしも歓迎するわ。父が会いたくないと言っても大丈夫。無理にでも会わせてあげるから」


 といったやりとりから数日経ち、神尾の屋敷も落ち着いてきた頃、かねての約束どおり、稲田十五郎は、琴葉、徹とともに神尾家を訪ねていた。

 いまや神尾家の当主となった光也は、尊大な態度で三人を出迎える。そんな父の様子を苦々しく思いながら、その娘、真子も同席している。

 かつては自らが屋敷の一員として訪問客を出迎えたその同じ応接室で、客側に座る琴葉の気持ちは如何ばかりであろう。


 口火を切ったのは、光也だった。


「徹か、相変わらずだな。叉鬼なんぞをやっていたら結婚もできないぞ。おかしな話をネタにして訪ねて来たらしいな。俺は、すこぶる機嫌がいい。馬鹿な話を抜きにして、金が欲しいならそう言え。腐っても兄妹だ。多少の金なら用立ててやる」


「相変わらずだね。兄さん」


 と、落ち着いた様子の徹である。


「きっと兄さんは信じないと思ってたよ。でも、兄さんが言うように腐っても兄妹さ。伝えるだけは伝えておきたかった。もちろん金なんていらない。それよりこれを……」


 と言って胸元から取り出したのは、粗い紐に結わえられた獣の牙である。それを見た光也の表情が曇る。


「なんだそれは。気持ち悪い物を見せるな。犬の牙じゃないのか?」


「そう。ルウのことは覚えているだろう? 狼の血が入っていたからか、勇猛な猟犬だった」


「それで? そんなものを見せて何のつもりだ。いくらかの金に換えようというのか?」


「そうじゃない」


 徹が、溜息をつきながらいう。


「これは護り牙だ。信じても信じなくてもいい。私を守ってくれたように、きっと兄さんも守ってくれる。手元に置いておいてくれ」


 ルウの牙を手渡そうとした時、光也の目つきが変わった。獣じみた目つきである。


「いらん、そんなものはいらん!」


「兄さん?」


 差し出された徹の手を振り払った。弾みで床に落ちた牙を真子が拾い上げ、憤懣やるかたないといった表情で、光也に向かって突きつける。


「はるばる来てくれた徹さんに失礼でしょう? とにかく受け取りなさいよ」


 と、急に立ち上がった光也が真子を押しのけた。不意のことに驚いて床に倒れこんでしまう。それを見た光也の目つきが治まり、呆然とした表情になる。


「真子、すまん。どうかしているな俺は」

 

 その後、光也は気分が悪いと言い立て、部屋を出て行ってしまった。後に残された面々も、これでは仕方がないといった面持ち。


 護り牙は真子に預け、神尾の屋敷を出た十五郎、琴葉、徹の三人。とにかくも面会は果たしたこととて、この後どうするつもりか、十五郎が徹に問うと、兄の様子も気になるがもう路銀もなくという。それならば、と十五郎。


「しばらく、うちに泊まるといい。寝泊りする場所ぐらいはある。遠慮はいらない。せっかくだから東京めぐりをしてから帰るとよかろう」


「いいのか?」


 と言いながら、徹は、頬を膨らました琴葉の方を見た。慌てて顔を作って琴葉が応じる。


「いいも何も、十五郎様次第でしょう」


「俺は構わんよ。よろしく頼む」


 こうして、ひょんなことから元華族の令嬢である琴葉、アイヌの叉鬼である徹、憲兵の十五郎。本来、関わることもなさそうな三人で暮らすこととなった。


 東京といえど、いまだ野原も多く、少し人里を離れれば小物なら狩れるような時代だ。叉鬼料理も馳走になりながら、東京観光よろしく、あちこち見て回り、楽しく過ごした。十五郎の仕事もちょうど手の空いている時期で、平穏無事を絵に描いたよう。


 しかし、平穏は、騒擾と騒擾の合間とも言えるか。何かが起きるのはそんな時である。落ち着いた日々を過ごし、徹もそろそろ出立するかという頃、草木も眠る丑三つ時、静かな夜に、十五郎の家の戸を必死に叩く者があった。


 誰あろう、神尾真子である。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ