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第33話 遠方よりの使者


 さて舞台は、明治時代の東京は末広町にある一軒のぼろ家である。


 祖母を亡くした二人の孫、神尾琴葉と神尾真子の従姉妹同士、ひとしきり泣き終えて、そのぼろ家、十五郎の借家に入った。


 琴葉に持ってきた荷物を真子が広げてみせる。てきぱきと物を示しながら、時折、物音に驚いたり、ぼうっとするような様子。祖母を亡くした悲しみ故かと思うも、そうではなく。真子の様子がおかしいことに琴葉も気付いたのか、帰りがけ、立ち上がろうとした真子を引きとめた。


「真子ちゃん、何かあったの? お婆様のことなら大丈夫だから。何か気になることがあるんでしょう? 心配事がある時の仕草は、子供の頃から変わらないね」


「あんたこそ、うちの馬鹿親父に屋敷を追い出されて困っているはずなのに。人のことばかり気にするところは相変わらずね。

 隠しても余計に心配するだろうから話すけど、たいしたことじゃないの。父の強欲さはいつもどおり。ただ、どこか様子がおかしくて。獣じみた目つきになることがあるんだ。声をかけると普段の目つきに戻るし、本人は気付いてないみたいでさ。

 この間は、変な女に声をかけられたり。お婆様は亡くなるし、嫌なことばかり続くから。気にしないで。帰って、お婆様を迎える準備をしないと」


 言い終えて玄関口まで向かった真子に、もう一度、琴葉が声をかけた。


「お待ちなさい、真子」


 その声音は、先ほどまでと違って落ち着いた、また冷ややかな調子である。足を止めた真子が引き戸に手をかけたまま振り返った。溜息をついていう。


「葛葉ね。はあ、出てくると思ったわ。琴葉にだけ会って帰るつもりだったのに」


「そうは行きません。そもそも琴葉は私であり、私も琴葉なのですから。とはいえ、本当のところ、今日だけは静かに一日を終えるつもりだったのですが。表に、なにかいますよ?」


「え? な、なに、なにかって、なに? あんた、子供の頃からそうやって人を恐がらせて。やめなさいよ。なにもいないわよ。なんの話よ?」


「犬ですね、狼の血が入っているのかしら」


「え、そ、外に野犬でもいるっての?」


 と不安げに耳を澄ませる真子。引き戸の向こうから、がさがさと音が聞こえる。顔を青くしながら、しかし、何もいるわけがないとばかりに、勢いよく戸を開け放った。


 玄関口には誰もおらず、また何もいない。


 ほっとした表情で振り返り、葛葉に文句を言おうとした矢先、背後から声が掛かった。振り返った先にいたのは背の高い女性である。長い髪は荒々しく束ねられ、服装も粗末なものだが、透き通るような白い肌が美しく、頬に残る傷跡がどこか野性味を感じさせる。真子が声をあげて距離をとった。


 しかし、動じる様子もなく、女性は黙って真子を見つめて問いかけた。


「光也という名前に聞き覚えがないか?」


「いや、それはあるけど。父親だし」

 と、十五郎を挟むようにして警戒しながら応じる。「それより、あんた、いったい何なの? この間から、あたしに何か用?」


「そうだな。私は、光也の妹だ。君からすれば叔母ということになるかな。だいぶ歳の離れた兄なので、ちょっと変な感じだが。この間は、悪かった。つい先走ってしまった」


「父の妹? 妹がいるなんて聞いたことないわ」


「兄は故郷を捨てたんだ。何年も前に、何も告げずに出て行ってしまった。もう会うことはないと思っていたが、警告を伝えにきた」


「警告って? まったく話が見えないんだけど」


「そうだろうな。適当な嘘を並べてもいいのだが、ありのまま話そう。私がここにいること自体が不思議なことでもあるのだから」


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