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第3話 門扉の先のあちら側


 舩坂少佐ほど似合うとは言いがたいが、十五郎も白い軍服を身につけて出仕の準備を整えると、着物姿の琴葉を連れて外へ出た。


 ここ末廣町から、琴葉が住む練塀町までは、さほど遠くない。住まいへ送り届け、そのまま川向こうの局へ出仕するつもりだった。


 日差しの下で、ぐずぐずと溶けた雪が足を掴もうとする。十五郎は、疲れているであろう琴葉に合わせて、ゆっくりと歩いていた。

 しかし、並んで歩きかけると少し下がり、離れかかると追ってくる。何やら、つかずはなれずの様子に足を止めて問うた。


「どうしたい? 何か気になるのかい?」


「あいすみません。光り物は苦手でして」


「光り物? ああ、軍刀のことか。こんなもの得意な者もそうはいまい。なら、逆側を歩くといい」


 と言われて、安心したように十五郎の右側について歩き始めた。しばらくして辿り着いた先が、練塀町にある神尾家の屋敷である。


 大きな屋敷であるには違いないものの、手入れもおざなりで、周囲には古く黴臭い空気が淀んでいる。ところどころ塗装が剥がれ落ちた黒塗りの土塀が延々と続き、敷地と外界を必死に隔てていた。

 茂るに任せた庭木に隠れて建物の全容は知れないが、木々の隙間からスレート葺きの屋根も見えれば、瓦屋根も見える。わずかに覗くのは獣じみた形相の鬼瓦か。


 元々あった和風の邸宅に、和洋様々の増改築を繰り返し、統一感のない建物が出来上がったらしい。ゴルゴネイオンを起源とするとも言われる鬼瓦は、和であり洋でもあることを考えると、旧友と再会した心持ちでもあろう。

 御一新でなだれ込んで来た洋と、連面と受け継がれてきた和の折衷とも言おうが、見る者を不安にさせる屋敷だった。


 二人は、土塀と比べれば新しく、しっかりとした作りの数奇屋門の前に立っていた。屋敷を見て驚いた様子の十五郎に、琴葉が恥ずかしそうに言う。


「ここが私の住まいです。神尾の本家で、余所からは神田の狐屋敷と呼ばれております。いろいろと妖しのことが起きるなどと言われていますが、それは外見だけのこと。ただの没落華族の屋敷に御座います。

 神尾家がまだ裕福であった頃、趣味人の父が思い付きで増改築を進めたのです。明治の世になって、いろいろの物が変わっていくのを楽しんでいたそうで。新しい建築を取り込んで、昔からあるものと寄り合わせて奇妙な屋敷が出来上がりました。

 秘密の出口に、入り組んだ通路など、使用人泣かせの屋敷で御座います。

 神尾の家の由来と重ねてか、我が家を訪ね、そのまま不帰の人がいるとかいないとか。あるいは、家の物を何か持ち帰れば幸せになるなどと、迷い家じみた噂まで立ちました」


「そうかい。いや、人の住まいを見て驚くなど、失礼なことをした。失礼ついでに聞いてしまうが、神尾の家の由来とは?」


「こちら寂れておりますが、元々、神尾の家は、この地から出たと言われております。

 裏手の森は狐の森とも呼ばれ、御先祖が狐から譲り受けた大切な土地であると。そんな由来もありまして、奇妙奇天烈な様相と相俟あいまって、世間から狐屋敷などと揶揄やゆされている次第です。

 ああ、私の所為せいで、ただでさえ出仕が遅れておりますところ、長々と詰まらぬことを申しました。この度の御礼は、またの折に」


 すっと頭を下げると、琴葉は数奇屋門の格子戸を開いて中へ入った。開いた格子戸から、ふと風が吹き出る。明るい日差しに抗うような冷たい風である。背を向けた琴葉の立ち姿も、どこか儚げで、そのまま消えて行きそうな様子。


 しかし、もちろん左様な事はなく、琴葉は振り返って十五郎の方を見た。数奇屋門の屋根から影が落ち、表情ははっきりとは分からない。


「本当に世話になりました。今度は一緒に入りましょう?」


 と小さく笑ったようである。ちらりと見えた口元に、何故か懐かしさが込みあげる。


 半歩前へ出た十五郎だが、琴葉が再び頭を下げると同時に、人もないのに、するすると格子戸が閉まった。光の加減か、敷地内に垂れ込める空気のせいか、中の様子も伺えぬ


 十五郎は、少しの間、そこに留まっていたが、格子戸の先は相変わらず何も見えず、屋敷が自分を拒否しているように感じられ、やがて諦めて踵を返した。


 後ろ髪をひかれて数度振り返ったが、どこにも可憐な少女の姿はない。


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