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第29話 明日は我が身か、急転直下


 神尾家の屋敷での騒動から数日が経った。


 何事も日にち薬とはよく言ったもので、神尾家の面々、また居合わせた者、それぞれ思うところもあろうが、表面上は平穏そのものに過ぎていった。


 勘当同然の身であった神尾の次期当主、神尾瑞樹は、あやの残した絵画を売り払って借金も完済。綺麗な身になって、今一度欧州へ遊学することとなった。笑顔の肖像画だけは手元に残し、大事に抱えながら旅立ったという。


 フロックコートの男は、その後、姿を見せず。舩坂少佐とは浅からぬ因縁があるようで、十五郎が話を聞いたところ、表情を曇らせて曰く。


「明石吉之助だと? 確かにそう名乗ったのか。もう死んだと聞いていたが、もし、その男が私の思う男なら決して近付くな。維新前後の争乱を生き抜いてきた危険なやつだ」


「どういう人物なのです?」


「そうだな。維新前後には暗殺が横行していたのは知っているな。明石は、その中でも群を抜いて人を殺めた。嬉々として殺めたと言ってもいい。

 維新後は、私の前任として迷信の取締りにあたっていたが、そのやり方は無体なものだったよ。

 明治二年、陰陽頭を努めていた土御門晴雄が死に、翌年には陰陽寮が廃止されたが、こうも折り良く亡くなるものでもあるまい。明石の仕業だよ。やつの言う因縁というのは、その時から始まることだ。

 やつは私の親友を斬った。土御門家の縁者というだけでな。もし、やつが生きているのなら引導を渡してやりたいところだ。ま、生きておれば相当な歳のはず。誰かが名前を語っているのだと思うがな」


「そうですか。何者かは分かりませんが、気を付けることとします」


「ああ、神尾の御嬢さんをしっかり守れよ」


 と言って、舩坂少佐が笑いながら続ける。


「ふふ、二銭での契約か。難儀なものよな。きっと、また何か厄介ごとが転がり込んでくるだろうよ」


 との舩坂少佐の言葉通り、それは十五郎の家に転がり込んできたのである。



 時は過ぎ、初夏の候のこと。


 くだらぬインチキ霊媒師に詐欺師の類、ばかばかしい案件が幾つも持ち込まれ、十五郎たちは忙しく立ち働いていた。

 人体の黒焼を、霊天蓋やら人胆といった薬として販売していた事件の摘発など、なかなかに忙しく、神尾家にも御無沙汰となっていた。


 ようやく一連の案件に目処がつき、夕刻、借家へ帰ってきた十五郎である。すると、門外に見知った少女の姿。蕭然と立っていたのは神尾琴葉だった。


「おや、久しぶりだね。元気だったかい」


 声をかけると、振り返ったその目に涙をためているではないか。そうして、


「十五郎様!」


と言いながら、ぎゅっと抱きついてきた。


 おいおいと泣き上げる琴葉をなだめすかして家へ入れて事情を聞いたところ、なんと神尾の屋敷を追い出されたという。


「炊事、洗濯、料理に雑用、なんでも致します。ほかに行くあてもなし。どうか、こちらに置いていただけませんか」


「俺は構わないが、嫁入り前の大事な御令嬢に、おかしな噂が立ったら困るだろう?」


「……いいのに」


「え? なんだって」


「いえ、なにも。私は、もう華族の令嬢でも何でもありません。ただの宿無し根無し草、着の身着のまま風吹くまま、波に浮かぶ椰子の実の如きものと成り果てました」


「いったいどうしたと言うのだ?」


 十五郎の疑問に応じて言うには。


 屋敷での騒動が決着し、次期当主の神尾瑞樹が旅立った後のこと。財産とてほとんどない没落華族の神尾家に、ひと財産が転がり込んできたらしい。

 琴葉の祖母、神尾しのに世話になったという人物が亡くなり、かなりの遺産を贈与されたとか。音なしのいわれに近い出来事だけに、不安に思っていたところへ、祖母の体調が急変し、寝ずの看病に当たった叔母の安川夫人も倒れてしまった。


 どうしたものかと途方に暮れる琴葉に、さらに追い討ちをかけたのが、ずっと疎遠になっていた分家の親族である。義理の叔父に当たる神尾光也という強欲な男が、どこで聞いたか、遺産贈与を聞きつけて屋敷に乗り込んできた。


 祖母か叔母が元気なら何ほどのこともなかっただろうが、あいにくどちらも倒れ伏しており、屋敷のことを叔父が取り仕切るようになってしまったという。


「叔父は、維新後、生糸の取引やビールの製造などで一山当てた、いわゆる成り上がりです。神尾家の子女との縁談も、華族の一員として箔をつけるため。

 祖母はずっと縁談には反対していましたが、叔父は強引に話を進め、神尾家に入り込みました。とは言え、華族というのも名前のみ、財産というほどのものもない神尾家にさして興味もなかったのか、一族の肩書きを手に、満足していたようです。

 それが、今回のようなことで。かなりの資産が手に入ったため、神尾の次期当主の価値が跳ね上がりました。どうやら、叔父は、私と兄を神尾家から追い出し、自分が家督を継ぐつもりのようです」


「なるほど。しかし、戸籍もあるだろう? そんな勝手なことができるものかね」


「叔父は官庁にも顔が利きます。戸籍などただの記録ですから。そこに私や兄の名前がなければ、初めから存在していないのも同じです。

 せめて兄に連絡がつけば良いのですが、海外でどこにいるのかも分からず。叔母は安川の家で療養中ですし、祖母も意識朦朧の有り様で。もっとも世間体もあってか、入院はさせてくれていますので、当座、心配ありませんが」


「そうか、しばらく会わないうちに、とんでもないことになっていたのだな」


「世間知らずの小娘一人追い出され、どうしたものか、ほとほと困り果てまして。十五郎様のお顔しか思い浮かばず、恥を忍んで訪ねてまいった次第です」


「わかった。当面の生活のこともそうだが、そんな無体な話、そのままにはしておけん。俺が何とかしよう。心配するな」


「ありがとうございます。言い伝えなど信じるたちではありませんが、祖母が亡くなるのではないかとも思い、妙に恐いのです」


「そうか。とにかく気持ちを落ち着けて、今日はゆっくり休むといい。明日にでも御当主の見舞いに行ってこようじゃないか」


「はい……」


 消え入りそうな声で言いながら、三つ指をついて頭を下げる。再び頭を上げて来ると、どことなく雰囲気が違う。あだっぽい声で言うのは、琴葉であって琴葉ではない。


「ふふ。また助けていただくことになりましたね。今度こそ、一緒に入りますか?」


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