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第28話 箱祀る姫君


 時は明治、場所は江戸、いやさ東京。

 いまだ人心安らかならぬ帝都において、市井の人々は目まぐるしい世の変化に惑わされながらも日々を精一杯生きていた。


 との書き出しで始まりました物語りも、はや佳境。


 没落華族の神尾家に伝わる、風合い、色彩ともに玄妙なる小箱の蓋が開けられました。中身は空っぽでありましたが、この箱には何やらいわれがあるようで。


 兄の瑞樹また十五郎らに向かって語るは、神尾家の令嬢、葛葉あるいは琴葉であります。



〈葛葉〉


 はぁ、箱のことですね。

 よろしう御座います。下手に詮索されても困るので話しますが、実のない話ですよ。本当も嘘も、確かめようのない話です。


 その箱は、たしかに神尾家に代々伝わる式霊の箱です。犬神や管狐同様、大切に祀れば一族に富貴をもたらし、無下に扱えば厄災をもたらす。守り神のような祟り神のようないわれがあります。


 その名を、音なし。


 見ることも触ることも、さらには聞くこともできない。即ち、音なし。有るや無しや、その存在を確かめることはできないと伝えられています。


 それなら、なぜ斯様に祀られているのか。有り体に言えば、呪いあるいは祝福が過去には実際にあったからだと聞きます。理屈は分からなくても、こうすれば使えると。機械でも同じでしょう? 専門家でもなければ、本当には理屈なんて分からない。でも、誰でも使うことはできるのです。


 元々は、神の言葉を預かる一族として、有り様も分かっていたのかもしれませんが、いまは如何に祀ろうか、それのみが伝わっております。


 音なしの箱は安易に開けてはならぬと教えられました。ひとたび蓋が開けば、祀る者の意図に関わらず、災いと福とをともにもたらすというのです。一族から人死にを出す代わりに財貨を招くとか。


 ただの迷信で御座いますよ。明石とやらも、どこから聞いてきたか。物好きなことです。


 箱は箱。空箱は空箱です。


 ただ、そこに存在すると信じるゆえに、それがそこに存在するとは言えるかもしれません。


 もののついでに言ってしまいますと、この音なし、実は雌雄のつがいと言われます。箱に入っているのが雄で、雌は人の腹に宿るそうです。

 当代は、私の御腹の中で御座いましょうか。その生き胆は至高の霊玉にも劣らぬ力を持ち、数多の化物どもが渇望する力の塊という話です。


 え? 私のことが心配ですって?


 ふふ、十五郎様、さすがは二銭の御主人様です。私は果報者で御座いますね。ただの戯言、世迷言に御座いますれば、御安心くださいまし。


 今日は疲れました。そろそろ琴葉も落ち着いてきたようですし、ここいらで替わりましょう。



〈琴葉〉


 皆様、どうされました?


 いけない。また、ぼうっとしていたようですね。何となく覚えてはいるのですが。あやに会ったような気がします。いつも明るくて元気で、寂しい神尾の家を照らしてくれていました。中庭のポットマリーゴールドは枯らさないようにしないと。


 あ! お兄様、その箱は開けてはならないと。良くないことが起こるから、決して開けるなと言われていますのに。お婆さまに叱られますよ。


 え? 音なしですか?


 ふふ、ただの言い伝えです。式霊よりもお婆様の方がよっぽど恐い。……内緒ですよ?


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