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第26話 笑う幽霊、笑わぬ肖像


 明治時代の名門神尾家の令嬢、神尾琴葉から頼まれ、屋敷の怪現象について調べていたところ、最近の出来事については、兄の神尾瑞樹が仕業と判明した。

 これにて一件落着と思いきや、死んだはずの使用人、メイドの新見あやが現れ、恨みがましい様子で十五郎を睨み付けてきたのだ。片手で顔を半ば隠し、肩を震わせて、まるで笑っているかのよう。


 いや、実際に笑っていた。


『うふふ、はは、あはははは。あー、おかしい。十五郎様、びっくりした? びっくりしました? そう、私、新見あやですが、三年前に死んじゃいました!』


 明るく言われて、戸惑う十五郎である。


「しかし、こんな明るい幽霊がいるのか? というか幽霊自体、見たこともないが」


『うふふ、いま見てますよ~』


 十五郎の体をすり抜け、天井近くに留まって逆しまに覗き込んでみせた。ところが、正三が不満げに声をあげる。


「何を言っているんです? 佐奈さんと申し合わせて、おかしな芝居はよしてください。そんなに僕に奢りたくないんですか?」


「いや、そういうわけじゃないのだが。見えていないのか?」


 十五郎の問いかけに、その場に居たもの全員が頷く。佐奈は元から目が見えないし、こうなると分が悪い。どうしたものかと腕を組む十五郎だったが、その肩をつかんで、激しく揺さぶる者があった。琴葉の兄、神尾瑞樹である。


「おい! 悪戯でやっているなら、ただでは済まさんぞ。だが、幽霊でも何でもいい。本当にあやがいるのなら、なぜ僕に見えないんだ!」


『それはですね』


 と、あやの幽霊がいう。もちろん、瑞樹には聞こえていないが、


『近い人ほど、私が死んだという思いが強いからじゃないかな。瑞樹様は、三年前、こっそり帰国して墓参りもしてくれたし』


という内容のことを十五郎が話して聞かせると、瑞樹は愕然とした様子である。


「帰国したことは誰にも言っていない。誰かが見ていたとしても、君が知っているはずもない」



 瑞樹が言うには、三年前に亡くなった新見あやは、当時、確かに神尾家の数少ない使用人の一人だった。


 維新前は多くいた使用人も、沈没する船から逃れる鼠のごとく、続々と神尾家を離れていったが、あやはそんな素振りを毛ほども見せなかった。むしろ、使用人が減って負担が増えれば増えるほど、楽しげに仕事をこなすようになっていた。


 零落していく華族のこととて決して高い給金でもない。メイドとしての仕事振りにも優れ、若く綺麗な女性とあって、維新後の成り上がり連中から引き抜きの話も多かったようである。


 それでも神尾家を離れようとしないので、不思議に思った瑞樹がその理由を聞いたことがある。その答えが、代々世話になってきた神尾家で、働けるものならずっと働きたいというものであり、加えてかぼそい声で、瑞樹様のそばにいたいと言うのだ。


 あやと瑞樹は同い年で、立場の違いが二人を別つまで、仲の良い幼馴染のように育った。それだけに、瑞樹にとってはあやの気持ちが嬉しく、また驚きでもあった。普段は能天気で明るい様子しか見せないのに、その時の声はあまりに儚く、切なげだった。

 二人は恋に落ち、いや、もともと落ちていたのに落ちていない振りをしていただけだったのか。その恋はすぐに燃え上がった。


 後は、お定まりの話。落ちぶれたとはいえ、神尾家の令息と使用人、周囲が簡単に認めるはずもない。



「お婆様を筆頭に、なかなか手強かった。

 しかし、最後に折れて親戚連中を説得してくれたのもお婆様だったよ。父のこともあって、こんなことは諦めるしかないと思っていたのかな。周囲の手前、跡取りに相応しい教養を身につけるためとして西欧に留学することになった。その間、あやは花嫁修業だ。

 戻ってくれば結婚し、神尾の家を継ぐ、そのはずだったのだが。あやはあっさり病死し、僕は荒れて、放蕩息子に成り下がった」


 膝を付いて肩を落とす瑞樹を抱きしめるように、あやが優しく寄り添う。半ば透けた両腕が瑞樹の体をすり抜ける様が妙に心寂しい。


『瑞樹様、私のために荒れてくれたこと、嬉しくもあり、悲しくもあります。苦しい時に支えられてこその内助の功。お渡しするものがありますから、ついてきて下さい。十五郎様、ご案内を』


 呼ばれて頷くと、先導するあやの後について皆を案内していく。不満げに、あるいは不安げにしている者もいたが、それほど行くこともなく、目的の部屋にたどりついた。


 生前、あやが住み込んでいた部屋だという。いまは空室で荷物も何も残っていないが、幽霊は自信満々に案内を続ける。示された部屋の奥、出窓の下が小さな隠し部屋になっており、そこに、いくつもの絵が納められていた。洋画もあれば浮世絵もある。


『先代当主、琴葉様の父君は、建築にも熱心でしたけど、絵もお好きでした。

 ここにある絵は、どれも値の張るものばかりです。先代が生きておられた頃はそうでもありませんでしたが。絵が好きな私に気まぐれでくださったもので、私の肖像画もあるんですよ。瑞樹様に差し上げたいと思って待っていました。絵を売り払えば、きっと借金も返せると思います』


 使用人の部屋とて狭くもあり、束ねた絵を持って全員で応接間へ戻った。テーブルに絵を広げていく。浮世絵の広重もあれば北斎もある。洋画の黒田に、浅井、川村。小堀の挿絵もあった。おどおどしっぱなしの安川夫人だったが、数々の有名どころの絵を前に、興奮した様子である。


 一方、瑞樹は、記名もない肖像画にじっと見入っている。澄ました様子で描かれているのは新見あやの肖像だ。照れ隠しについつい笑ってしまうので画家も困っていたとか。たしかに、口をあけて笑うような肖像画には、お目にかかったことがない。


 涙を浮かべながら肖像画を見つめる瑞樹だが、屋敷の表から人を呼ばう声がしてきた。こんな時に来客かしらと安川夫人が表へ向かう。


 ほとんど間をおかず、ずかずかと廊下を歩く足音が聞こえた。安川夫人の甲高い制止の声を無視して、不遠慮に応接間のドアを開き、一人の男が入ってくる。黒いフロックコートに中折れ帽姿である。


 男は、あやに向かって何やら投げつけた。


 それは、一枚のお札である。ばちばちと火花を発し、苦悶の声を上げるあやの姿が浮かび上がる。その様子が見えたらしく、瑞樹が駆け寄って行った。


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