第21話 一人負けの勝負
神尾琴葉に頼まれ、その叔母が屋敷に出入りさせている霊媒師だか呪い師だかの化けの皮を剥がすつもりでやってきたところ、どんなインチキ霊媒師かと思えば、出てきた名前は旧知のもの、盲目の女武芸者、山中佐奈である。
琴葉の叔母、安川夫人は、迷信深くはあるものの世知に長けた芯のある女性で、およそ人に騙される手合いではない。
これまで出入りさせていたのも、元々の知人縁者で、金で雇うような連中ではないとのこと。迷信深い点での頑固さを除けば、琴葉が心配していたようなことはなさそうである。
思わぬところで佐奈の名前を聞き、驚いた十五郎だったが、それは訪ねてきた佐奈の方も御同様。父親に言われて、渋々、神尾の屋敷を訪ねてきたところが、待っていたのは旧知の面々である。
気の抜けたような声で佐奈がいう。
「そうかぁ。ええとこの御嬢さんとは思とったけど、まさか華族の御令嬢とはねぇ。あんまりやる気は無かったけど、琴葉ちゃんのためにも頑張ろまいか」
「これも御縁でしょうか」
と安川夫人も嬉しそうである。「みなさんとも御知り合いのようで、私も安心です」
緩い空気が流れる中、一人、正三のみが不満そうな顔をしていた。棘のある口調でいう。
「身元の確かな方なのは分かりました。でも、いったい何ができるのです? 女武芸者だか何だか知らないが、居もしない化物退治でも?」
「いや、そういうわけやないけどな。あんさん、お名前は?」
「風間正三です」
「なんや、えらい剣幕やんか」
「そりゃそうでしょう。金を取る取らないに関わらず、ありもしない幽霊や化物を餌に、純心な人々を騙くらかそうってんでしょう?」
「ふぅん。幽霊や化物は嫌いなんか?」
「好きも嫌いもない。無いものは無いのです」
「そうかねぇ。人の心は弱いもんやで。何かに縋りたくなるんや。つかまる場所を取り上げちゃ、可愛そうやないの」
「そうは思いませんね。みんな、それぞれ自分の足元をきちんと見据えるべきです」
「そうかい。それが奈落の底であってもか?」
「ええ、それが啓蒙というもの。迷信に救いがあることは認めます。でも、見えないものは無いし、無いものは無いのです」
「へぇ。なら、うちにとっては何も無いわ。もし、あんさんが化物でも、人間の声音で話していたら、目の見えやんうちには分からへん。声が人間なら、うちにとってはそいつは人間や。
でも、あんたたちもそいつは同じことやで。目で見て、人を人やと思っとるやろう? 果たして、本当にそうやろか? 目に頼りすぎると分からんこともある。そうは思わへんか?」
「思いません。迷信で目を曇らせない限りは」
緊張した空気を破ったのは、佐奈の笑い声だった。
「あはは、あんさん、なかなか譲らへんなぁ。ええで、そういうの好きやで。よっしゃ、よっしゃ、ほな、ひとつ勝負と行こやないか」
「勝負?」
「そう。屋敷の件について、それが迷信であろうがなかろうが、先に解決した方の勝ちや」
「わかりました。いいでしょう」
「勝負となると景品が欲しいところやな」
「じゃあ、勝った方に、十五郎さんが牛鍋を奢るということでどうですか」
「牛鍋か。ええな。よっしゃ、それでいこ。安川様も、それでよろしいやろか」
「解決してくださるなら、何でも構いません」
と応じる安川夫人である。十五郎のみが、どっちに転んでも俺の一人負けじゃねぇか、という不満げな表情。しかし、牛鍋ひとつで琴葉の役に立つならそれも良いかと思い直した。
壁掛け時計が夕刻を告げ、慌てた様子で安川夫人が立ち上がった。
「母の食事と薬の用意をしないと。今日は手伝いはいらないから、御客人に失礼のないようにね。貴女も一応は神尾の娘。しっかりと御相手するんですよ。
いつまでも裏手の森や野原で遊んでいるような歳じゃないのですから。早く、良い縁談を見つけないと。母親みたいにはなりたくないでしょ」
捲くし立てるように言い置くと、十五郎らに無礼をわびて部屋を出て行った。
「なんやろな。何となく感じ悪いやんか」
と佐奈、そのつぶやきに応えて琴葉がいう。
「叔母様は、私の父、つまり自分の兄のことを敬慕されておりました。真面目な愛妻家で、家の内外をしっかり采配し、神尾の次期当主として申し分ない人。
それが私の母と出会ったばかりに悪い道へ堕ち、母の死後には取り憑かれたように屋敷の増改築に熱中し、ついには母の後を追って死んでしまった。そう思っておられます。お兄様のことでもそう。私の腹違いの兄になりますが、父の後を継ぐはずだったのに、そのことでも……」
「おや、なんだい。僕の話かい」
と話に入ってきた者がいる。屋敷の外、窓枠にひじを置いて、洋装の若い男性が立っていた。




