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第2話 少女かどわかしの疑いにつき断罪


 十五郎は、離れの内風呂から少女が戻るのをなんとも落ち着かない気持ちで待っていた。


 ひとつには、図らずも湯浴みを覗いてしまったこと、そして年端も行かない少女に確かに見とれてしまったことを悔いていた。


 さらに、もうひとつ。


 自宅へ連れてきた際の少女と、風呂で話をした際の少女が、まるで別人のように思えた。礼儀正しくおとなしい雰囲気から、婀娜あだっぽく世慣れた雰囲気に変わっていたのだ。


 よくよく考えてみれば、早朝から雪に埋もれていたこともおかしい。厄介なことに巻き込まれたのではと、これまた後悔しきり。しかし、そうした気持ちは湯上りの少女を見た瞬間に吹き飛んだ。


 用意したのは粗末な古い着物だったが、華奢な少女のほんのり桜色に染まった肌を引き立て、控えめながら女性らしい立ち姿を露わにしていた。


 十五郎の内心の動揺を知ってか知らずか、少女はすっと膝を着くと、畳に手を添えて頭を下げた。胸元の白い肌が自然と見え隠れする。


「私、姓を神尾、名を琴葉と申します。

 本日は助けていただいた上、諸々の御気遣い、まことにありがとうございます」


 と、これには十五郎も面食らった。風呂場で話した雰囲気とあまりに違う。また、風呂場での出来事を一切知らぬかのような落ち着きぶり。比べて、落ち着かない様子の十五郎、何はともあれ詫びを入れねばと頭を下げた。


「風呂場でのこと、たいへん申し訳なかった。悪気はないのだ。許しておくれな」


 そう言われて、きょとんとした表情の琴葉だ。年相応に子供っぽい感じが愛おしい。


「風呂場ですか。あいすみません、私、時々、記憶が曖昧になることがあって。何か失礼なことでも仕出かしたでしょうか?」


「いや、失礼だなんて。そんな」


「では、何を?」


 そう問われて、なんでもないと誤魔化してしまえばいいところ、良くも悪くも正直者の十五郎、ごにょごにょと小さな声で応える。何度か聞き直された挙句、思わず大きな声で、


「風呂場で裸を見ちまったんだ。悪かった!」


 寸刻の間をおいて、湯上り桜色の琴葉の顔が真っ赤に染まった。


「え、え、何でですか。覗いたんですか?」


「いや、服装から男の子だと思っていたもので」


「え、え、男の子を覗こうと思った?」


「いや、違う違う。そういう趣味はないんだ」


「やっぱり女の子の方が?」


「そらまあ。って、違う違う。そうなんだけど、そうじゃない。って、何言ってんだ俺は。とにかく、ちょっとした手違い、勘違いだ。話が噛み合わないが、覚えていないのかい?」


「すみません。雪の中で倒れていたこともそうなんですが、時々、前後不覚になることがあって。自分のしたことを人に言われるまで思い出せないことがあるんです。うっすらと覚えていることもあるんですが」


「そいつは難儀だな。だが、風呂場では……」


「風呂場では?」


 膝を詰めて覗き込んでくる琴葉に、風呂場のことを思い出すのがはばかられ、目を逸らしながら応える。


「しっかりした様子で話をしてたぜ。とても夢遊病とは思えなかったよ」


「そうですか。して、私はどのような話を?」


「いや、まあ良いじゃないか。他愛ない話さ」


 さすがに、一緒に風呂に入りましょうなど、そんなことは正直者の十五郎でも言いづらく、誤魔化しがてら、すっと琴葉のひたいに手を当て、熱が出ていないか確かめた。急に手を当てられて、落ち着いていた琴葉の顔がまたまた赤く染まった。


「お、熱はなさそうだ。顔は赤いが、風呂上りだからかね。良かった。少し休んで様子を見てから送っていこう。さあさ、ちょっと横になりなさい」


 用意しておいた布団に休ませようとする親切な十五郎と、さすがに申し訳ないと遠慮する琴葉が、布団の上で押し問答となった。くんずほぐれつとまでは行かないが、はたから見ればどう見えようか。と、そこへ雷のような声が響いた。


「貴様! うら若き乙女を連れ込んで何をしておるか! そこに直れ!」


 声の主は十五郎の同郷の人にして上官、舩坂和馬少佐その人である。細身でありながら、周囲を圧する雰囲気の美丈夫で、若く端正な顔が冷たい怒気に覆われている。大股に向かってくるその手には、抜き身の刀が握られていた。


「さきほど、二銭で少女を買っていったやからがおると聞いたが、よもや貴様ではあるまいな」


 刀の切っ先を突きつけられ、冷や汗を流しながらパクパクと口を開くが声が出ない。


「貴様、ふざけているのか? 違うと言うのなら、釈明のひとつでもしてみせんか!」


「いや、それはその。確かに二銭で……」


 と、その先が出てこない。


「そうか。言い訳のひとつもしないか。それだけは立派だ。同郷のよしみ、一太刀で葬ってやろう」


 と言いながら刀を両手に持ち直して振りかざした。その目に冗談の色はない。


 このままでは本気で断罪されると、逃げ出そうとする十五郎だが、腰が抜けて動けない。ああ、こんなところで二銭のために命を終えるのかと半ばあきらめかけた時、琴葉が十五郎に覆いかぶさった。


「や、やめてください」


 琴葉の必死な声に我を取り戻したのか、舩坂少佐の構えから力が抜けた。その代わり、さらに冷たい声で十五郎を問いただす。


「かように年端も行かぬ少女を手篭めにし、籠絡ろうらくしたか。すでに男女の関係ということだな?」


 ぶんぶんと首を振る十五郎と琴葉だが、舩坂少佐は刀を納めると、ふと遠くを見るようにして呟いた。


「想い合うのなら、それも良かろう。十五郎、きちんと責を果たすのだぞ」


 やっと落ち着いた舩坂少佐に改めて経緯を説明し、理解してもらうのはひと苦労だったが、疑い疑いながらも、ようやく納得を得た。


「ふむ。なるほどな。二銭で買ったと言われても仕方ないが、そのつもりはなかったということか。だが、こうしたことは、ひとつの形だからなぁ」


 と思案顔で、十五郎から琴葉へ視線を向け、じっと見つめていう。


「綺麗だな」


 さらりと言われて、琴葉は驚いたように顔を伏せた。そうした様子に構うことなく、独り言のように続ける。


「昔、どこかで見たひとに似ている。顔もそうだが雰囲気がな。あれは確か……。いや、止めておこう。あまり大っぴらに話すことでもない」


 居住まいを正すと、再び十五郎に向き合った。


「初出仕のその日に、こうした出来事に巻き込まれるとは、お前も難儀な生まれよ。とにかく住まいまで無事に送り届けてこい。出仕は、それからで良い」


「わかりました。必ず」


 頭を下げる十五郎に、さらに何か言いたげな様子を見せながら立ち上がった。表まで見送りに出た十五郎に耳打ちする。


「いいか。あの娘、悪いものではなさそうだが、何か憑いておるやもしれん。昨夜来、おかしな火を見たり、どこからか剣撃の音が聞こえたという者もいるようだ。

 あまり深入りするなよ。すでに、二銭で少女を買うという形をなしてしまっている以上、無駄なことかも知れんがな」


「よくわかりませんが、なんであれ、きちんと住まいまで送り届けてまいります」


「ああ、それで済めば良いが……」


 不安な言葉を残して、白い軍服が颯爽と雪に溶けていった。


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