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第18話 荒城の月


 もうもうと湯気の沸き立つ店内で、腹いっぱいになるまで牛鍋を食べきった三人。もう動けないというように、空の鍋を前にしてそれぞれ座り込んでいた。


 足を崩して座る十五郎や正三とは対照的に、琴葉は凛とした姿勢を保っていた。気楽にしたらいいと声をかけたが、そこはさすが華族の娘か。この方が落ち着くのですと言って、そのままで通した。


 昼時を過ぎ、店内も静かになってきた。お茶を飲みながら襟を正し、琴葉が口を開く。


「十五郎さん、実はひとつ御願いがありまして。本当は言うつもりもなかったのですが、先の御言葉、身にしみました。

 遠慮、我慢も時には毒。おばあ様のためにも、私も幸せでありたいと思います」


 と真剣な表情でいう。まさかの男女のそれかと、淡い期待にも似た思いが浮かんだ十五郎、また身を乗り出した正三である。次の言葉を待つに、


「神尾の屋敷のことなのですが」


と続いて、両人、肩を落とした。それには気付かず、琴葉が話を続ける。


「昔から神田の狐屋敷と呼ばれ、屋敷内外ともに兎角の噂が絶えないのは変わりない話。ところが、最近、怪しげなまじない師だか霊媒師だか、胡散臭い方を叔母様が屋敷へ連れてこられるようになりまして。

 私は神尾家の一員とは認められぬ者ですから、家のことに口出しできる立場では御座いません。叔母様も昼間の通いで来られているだけですし、祖母が存命のうちは特段のこともないかと思うのですが。

 叔母様は、昔から迷信深い性質たちでして。ここしばらくは屋敷の中で妖しげな物を見たとか見ないとか、なにかと騒いでおられます。

 変わった屋敷ではあるものの、何のおかしなことも御座いませんし、祖母と私だけの夜などは静かなもので御座います。

 とは言え、落ちぶれ果てても華族の屋敷。価値あるものも幾らかは残っておりますから、叔母様が誰かに騙されていやしないかと心配で。

 外に話すことでもなく、また話す先もないこととて半ば傍観しておりました。しかし、十五郎さんの温かい言葉に、恥を忍んで口に上せたもので。一度、叔母様と会って様子を見ていただけないでしょうか」


「わかりました。任せてください」


 力強く応えたのは正三である。胸を叩いて引き受けようとしていた十五郎は、思わず、そのまま固まっていた。正三が言葉を続ける。


まじない師や霊媒師の類は心底嫌いなのです。見えないものは無いし、無いものは無い。それを有るかのごとく、もっともらしく、種が有るのに無い振りをして。

 僕が手妻を極めんとするのは、不思議のことには種があると看破するためなのです。純真無垢な人々を惑わす連中を許しちゃおけません。任せてください」


「そうだ。任せてくれ」


 ようやく胸を叩けた十五郎である。よろしくお願いしますと頭を下げた琴葉の黒髪が、黄色く焼けた畳にさらりと音を立てる。


 客が居なくなった座敷は打ち捨てられた空き家のごとく。頭を上げた琴葉は、相変わらず凛とした様子に姿勢を正したままで、荒城の月とも見えるか。落ちぶれようと寂れた屋敷に住まおうと、今もなお嗚呼荒城のよわの月よ。


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