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第10話 月に叢雲、花に風


 美人武芸者の登場で一気に挑戦者が増えたが、残念ながら春一番の大嵐。天気が崩れだしたため、撃剣試合もこれにて店じまいとなった。


 会場を出て帰りがけた十五郎に、


「ちょっと待って。さっきの剣士さんやろ」


と佐奈が明るく声をかけてきた。まだ目隠しをしたままである。


「目隠しは取らないのかい」


「ああこれか。うちは元々目は見えへんのや。そやで普段と何も変わらん」


「そうか。浅草に盲目の女武芸者ありとは聞いていたが、たいした腕前だな」


 との十五郎に向かって、へらへらと手を振りながら応じる。


「そんなことあらへん。うちのは試合用や。実戦では役に立たへんわ。いや、あんた強いやろ。ちょっと謝っておこうと思ってな。そっちの竹刀は持ち手がちぃとばかり滑りやすくなってるんや。内緒やで」


「そんな気はしてたよ。それでも絡められた時点で俺の負けだ」


「はぁ、謙虚な良い男やね。そやけど花簪、誰ぞに贈るつもりやったんやろ?」


「ああ、まあな。連れの娘にね」


「娘さん?」


 と言って、佐奈が鼻を鳴らしながら周囲をうかがうようにする。


「なんやろ。なんか匂うな。え? 風呂には入ってるって? はっはっは、そういうことやない。ほんまは試合の最中から気になってたんや」


 佐奈が長い舌を出して唇を舐める。その様子を琴葉が鋭く見つめていた。気配を感じた佐奈がそちらに顔を向けると、すっと十五郎の影に隠れる。


「妙やな。物の気配がして急に消えたわ。気のせいやろか」


「何のことだい?」


「いや、ええんや。うちの気のせいや。目が見えやんと、鼻や舌や耳が敏感になってな。今日は鍾馗が出るって言うとったで、そのせいやろか。

 鍾馗の山車が出る日は大嵐になるんやて。面白い話やけど、ほんまは鍾馗が出るで嵐になるんやなくて、鍾馗に裁かれる鬼が出るで嵐になるんや。そういや、連れの娘さんて? あんた結婚してるん?」


「違う違う。自分の娘とかじゃない」


「ははぁ、なるほど。惚れた腫れたも憑き物の類や、その気配かいな。娘さん、お名前は?」


「神尾琴葉と申します」


「あんたがもらうはずの花簪、あげられやんで悪いな。堪忍やで」


「いえ。撃剣試合、素敵でした」


「あはは、素敵ときたか。そりゃ嬉しい。おおきにな」


 そこへ、先ほど以上に激しい一陣の風。轟々と身体が浮き上がりそうなほどである。さらに大粒の雨が混じり始めた。急に本格的な嵐となって、祭り見物の人並みも三々五々。


 家路を急ぐ人波に巻き込まれそうになり、十五郎は、ついと佐奈の手を引いて道の脇へ避けた。琴葉も一緒に脇へのいたが、何やら不満げな様子だ。


 佐奈が頬に手を当てていう。


「あらま。そんな手を引いて、どこへ連れて行きはるんやろ」


「あ、すまん。危ないかと思ってな」


「いややわ。ええんやで、どこへでも連れてってぇな」


「あ、いや」


 戸惑う十五郎の代わりに、琴葉が佐奈の手を取っていう。


「お住まいはどちらですか。私がお連れしますから」


「そう? じゃあ、お願いしよか。神田の川向かいで、萬世橋を通っていけば近いわ。雨と風と人波で、さすがに辿りづらいから助かるわ」


 手を握り返した佐奈が、兄さんを取ったりせぇへんで安心し、とささやき、琴葉は頬を赤らめながら微かに頷いた。


 さて、雨風が止むことはなかったが、いくらか治まったところを見計らって、三人は足早に萬世橋へ向かい始めた。


 途中、蔵へ収めに戻る山車を見かけ、これが噂の鍾馗の山車であった。鬼を狩る神に付き従うのは弓曳童子である。昼なお暗い空の下、先を行く鍾馗の山車が萬世橋に差し掛かった。


 すると、河川敷から飛び上がるようにして、橋の北詰に立ちはだかった者がある。がっしりした巨躯で山車の行く手を阻むのは、黒い着物に猩々の面のごとき顔、件の辻斬りであった。


 鍾馗の山車を値踏みするように眺め、また琴葉の方を見て、どうやら嗤ったように思える。


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