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第1話 わずか二銭で少女を買った話


 時は明治、場所は江戸、いやさ東京。

 いまだ人心安らかならぬ帝都において、市井の人々は目まぐるしい世の変化に惑わされながらも日々を精一杯生きていた。


 晩冬の朝まだき、それを最初に見つけたのは二人の幼い男の子。いつの世も、常と異なるものに気付くのは無垢な子供と決まっている。


 夜半から降り積もった雪に何かが埋もれていた。興味をもった子供らが掘り起こしてみたところ、西洋由来の靴に足がついている。足の先には太ももに腰、お腹もあって胸もある。さらに手が出て顔が出た。


 これはえらいものを見つけたと騒いでいるところに、少しばかり早とちりなところのある青年、稲田十五郎が通りかかった。


 子供らの騒ぎ立てる様を見て、寒さに弱った動物か何かをいじめているに違いないと思い込み、財布を取り出しながら声をかけた。


「お前たち、そう騒ぐのは止めなさい。ほら、二銭やるから、そいつはこちらにもらおうじゃないか」


 元より屈託のない子供らのこと、もらった二銭で大喜び、通の向こうへ駆け出していった。


 さてはて、どんな動物かいなと雪の中を覗き込んだ十五郎、あっと言って驚いたのも無理はない。倒れていたのは人間だったのだ。

 

 年のころは十二ないし十三くらいか、流行の洋装に身を包んだ少年と十五郎には見えた。実のところ少女というべきなのだが、出で立ちが少年のものであり、そこは早とちりの十五郎、何とも妖しい魅力のある少年と思い込んだ次第。帽子の端から乱れた黒髪がこぼれ、整った顔立ちを引き立てている。


 思わず見とれてしまった十五郎だが、心根の優しい男ゆえ、首を振り振り、いったいどうした、息はあるかと問いかけると、その者は弱々しくも、少し休めば歩けますとか。


 だがまあ、そのままにはしておけぬと、負ぶってほど近い自宅へと連れ帰った。十五郎の自宅へ着く頃には、ふらつきながらも何とか立てるようになっており、その者が言うには。


「私は、練塀町ねりべいちょうにある神尾家の者です。朝早くに所用あって外出したのですが、どうやら持病の発作で前後不覚となっていたようで。助けていただき、ありがとうございました」


「いやいや、気にすることはない。助けたのは子供たちだ」


 まさか、動物と間違えて二銭で買ったとは言えぬところである。


「とにかく詳しいことは後で聞こう。幸い、うちには風呂もある。身体を温めて、服を着替えて、それからだ」

 

 十五郎の借りている家には、その頃には珍しく内風呂が付いていた。そのせいで高額な家賃となっていたが、今こそ鉄砲風呂の出番とばかりに、はりきって湯を沸かして案内した。


 だが、まだ本調子でないのが気がかりな十五郎、少し経って様子を見に行った。十五郎の名誉のために言っておくが、思い込みの激しい男ゆえ、いまだ少年と思っており、まったくもって悪気はない。むしろ、あたたかい思いやりといえよう。


 しかし、世の事件事故の大半は、いらぬお節介から起きるものでもあろう。


「よう、温まったかい?」


 気楽に離れの内風呂に入った十五郎だが、思わず声を上げかけた。鉄砲風呂の中から、一糸まとわぬ少女が、目を細めてこちらを見ているではないか。黒髪が白い肌に映え、一幅の絵のようなたたずまい。


「……お、お前、女か」


「ええ、見れば分かるでしょう。わざわざ言う必要がありますか?」


「あるだろ。早く言えよ」


「あらあら、銭湯では未だに混浴が主流、気にすることはないでしょう。そもそも、女性かどうかも分からぬ愚か者がありますか。てっきり親切ごかしに不埒なことをせんとしておるのかと」


「し、しねぇよ!」


「あら、そうですか」


 少女が目を細めてコロコロと笑う。


「自慢じゃないが、この十五郎、人の弱みに付け込むようなことはしない。おっちょこちょいの慌て者と言われはしても、そんな悪いことはしねぇよ」


「本当に? あられもない姿をこうまで見ておいて。ちょっと見とれてしまったのかしら?」


 少女にも似ぬ婀娜あだっぽい声に、どぎまぎしながら背を向ける十五郎である。


「もう行くから、ゆっくり入ってくれよ」


「あらあら、ここまで入ったのですから、一緒に入りましょうよ」


「ばか言うな」


 ぴしゃりとは行かず、ぎしぎし、がたがたと戸を閉めた。慌てて離れていく足音を聞きながら、可愛い人と少女が呟き、立ち込める蒸気に映る影がひとつの形を取った。なにやら影絵で作る狐のよう。少女が立ち上がるとその影は、夢幻のごとく消え失せた。


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