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異世界転生に困っています  作者: オクラさらだ
一章 幻想界生活に困っています
13/13

私たちは卒業します

 ツキが仲間に加わってから2週間ほど、俺達はイササギさんに鍛えてもらう傍ら魔物討伐による実践訓練を重ねている。

 ツキの加入により、運搬による疲労が減り、持てる回復薬や持ち帰ることのできる魔物の量が底上げされ、効率が上昇した。

 もっとも、俺とツルギはあまり金を稼ぐ必要が無いため、ツキには多めに稼ぎを分けている。本人には秘密だ。



 現在俺達三人はもはや見慣れたカデンツァ近くの森林地帯に来ている。

「しかし、ツキはその歳で大した力持ちだな」

 一通り狩りを終え、俺とツルギも多少の荷物を背負っているが、ツキは俺達の5倍はあろうかという荷物を背負っている。

「獣混じりは純血の人より力があるです」

 猫耳族や牙狼族など、動物の身体的特徴を一部宿した種族は、総じて獣混じりと呼ばれることがある。しかし、この呼び方は種族を野蛮なものと揶揄する蔑称である。

「自分たちのことを悪く言わない方がいいぞ。ツキのかわいさはそのおかげでもあるしな」

「かわいくなんて、ないです」

 ツキはそう言ってそっぽを向く。

 近頃、ツキを褒めて照れさせるというのが俺の日課になりつつある。

 俺達と話すのにも慣れてきたのか、態度がやや砕けてきたのが余計に愛らしく感じる。


「うーん、確かここら辺に置いた筈っすよねー」

 俺がほっこりとしていると、ツルギがきょろきょろと辺りを見回しながら言った。

 俺も同じように周囲を探す。

 すると、少し離れたところに自然にあるはずもない正方形の箱が見えた。

 ツルギも見つけたのか、一人箱へ駆け寄っていく。


「お、ばっちり捕まってるすね。ほら」

 俺とツキはその言葉に誘われ、箱に備え付けられた窓をのぞき込む。

 すると中に、人の頭部ほどの大きさはあろうか水色の流動的なものが蠢いている。リトルスライムである。

 俺達は街でスライム鹵獲器(俺とツルギはスライムホイホイと呼んでいる)を購入し、幾つか森に仕掛けておいたのだ。

 ツキが、生きたリトルスライムは貴重な薬の材料として高く売れると教えてくれた。

剣や弾の効かないスライムは今の俺達には討伐が難しいため、捕獲するのは一石二鳥である。

 これもツキの荷物運搬があってこそ可能なことである。


 俺達は背中に山盛りの荷物を背負ってカデンツァの街への帰路についた。




-----

 解体屋に魔物を卸し、その半額以上をツキに渡すと、俺達はそれぞれの宿へと別れた。

 ツルギは最近、先輩の隣はうるさいからと別の宿を取るようになった。

 スタングレネードの研究を宿で行うのは流石にアレなので気を遣いながらやってはいたのだが、配慮が足りなかったようだ。

 宿の主人には多めにお代を渡せば解決するのだが、ツルギにはそうもいかない。

俺は翌日に控えたイササギ先生の特訓に備え、壁ドンされるのを覚悟で研究に勤しんだ。

-----




「さて、お前らの目標はランクCの魔物だったな。まだまだ確実に倒せるとは言えないが、策を練れば手が届くレベルにはなってきたようだ」

 いつもの平原で、イササギさんが腕を組んで話す。

 その後ろではツキが身の丈の10倍はあろうかという荷物を背負って走り込んでいる。このおっさんは幼女にも容赦がない。


 もっとも、ツキも特訓してもらえるように頼んだのは俺である。俺らが幻想界を離れる前に、ツキに十分な強さを身に付けてもらいたいと思ったのだ。コーチ代に回復薬代と、やろうと思えば結構金もかかるしな。


「そろそろ他の街に移動してDランク、Cランクの魔物に挑んでもいいだろう。但し、その前に一つ課題を出そう」

 話を聞く俺とツルギはイササギさんの目を見つめる。

「二人で協力して俺に一太刀入れること。そうだな、最低でも出血させることが条件だ。もちろんそれなりに反撃はさせてもらう」

 俺とツルギは顔を見合わせる。ツルギの表情に驚きはない。

 俺としても想像はしていた課題だ。しかし、二人がかりと言っても簡単なことではない。


 なんせ目の前のこの頭部を剃り上げたおっさんは一人でCランクのワイバーンを狩り、パーティを組めばBランクのバジリスクとも渡り合うのである。

 考えなしに突っ込めば瞬殺されるのは目に見えている。


「イササギさん、作戦会議してもいいですか?」

「おう。戦術を練るのも戦いの内だ。存分にやれ」


 俺とツルギがこそこそと話していると、小休止をとっていたツキがこちらを見ていることに気付く。

 その目つきが鋭く恨みがましいものであったのは気のせいだろうか。きっとそうだ。

 ツキが再び走り出し、息が上がったころ、俺とツルギはイササギさんの正面に立った。


「おし、準備は良さそうだな。いつでも来い。俺も腕の怪我のせいで身体がなまってたんだ」

 イササギさんはそう言うと、胸の前で拳と拳を合わせる動きをした。

 その瞬間、辺りの空気が変わるのを感じた。

 魔素は目に見えないが、俺もこの世界での戦闘に慣れ、その動きを多少は感じられるようになってきた。

 まず間違いなく現在イササギさんの肉体は鋼のような硬さになっていることだろう。



 俺は挨拶もなく、すぐに単発式ライフルを構え、放つ。

 銃弾には魔法による威力強化の補助をかけている。

 それと同時に、ツルギがイササギさんに刀で斬り込む。


 イササギさんは初手を見越していたのか、防ぐ動作も無く皮膚の鎧で弾く。胸の辺りに火花が散るのが見えた。

 俺は速攻で装填すると、続けて頭部に狙いを定め、撃つ。眼球に命中すればさすがのイササギさんとて無傷とはいかないだろう。


 俺の2発目の射撃を頭を動かすだけで避けると、イササギさんは上段で斬りかかってきたツルギの刀を左腕で受け止め、薙ぎ払う。ツルギは崩れた態勢を整えている。

 銃弾を避ける動体視力に銃弾をはじく防御力って、やっぱ真似できる気がしないな。

 俺は弱気になりそうになる気持ちを抑え、次の弾丸を装填する。


 予想通り初撃に失敗した俺達は次の作戦に移る。

 俺が可能な限りライフルを連射していると、ツルギが

「纏いの型!」

と叫んだ。

 すると、ツルギが構えた刀に纏わりつくように、炎が激しく燃え上がった。

 ツルギが特訓していた魔法である。

 実のところ、これまでの特訓で、炎に弱いはずのリトルスライムに対しても焼き切るだけの火力が無く、切れ味が上がるわけでもないことが分かったが、利点も判明した。

 まず発動が楽なこと。シンプルな魔法であるため特別な集中をせずとも発動できる。

 次に視界の攪乱ができること。自在に操る炎と煙で、相対する敵の妨害ができる。

 そして更に付け加えると、対人戦なら服を燃やすことができることも利点だ。今回これを使用した理由もこの点が大きい。



 ツルギの魔法の発動を確認すると、イササギさんはそれまでの仁王立ちに近い姿勢から、拳を身体の前で構える姿勢に変わった。まさにファイティングポーズといった所である。


 ツルギがイササギさんに斬りかかろうとすると、そのツルギが一瞬で後方に吹き飛ばされた。

 俺はすぐさまツルギの近くに走り、庇う様にしてライフルを身体の前に構える。

 防御した瞬間、衝撃が身体を襲う。トラックにでも衝突されたかのように突き飛ばされるが、上手く受け身を取り、素早く起き上がる。魔法で肉体を強化していなければどうなっていたのか分からない。


 ツルギは急いで体制を整えたようで、既にイササギさんに斬りかかっている。

 炎を纏った刀は相手を捉えてはいないが、イササギさんの攻撃もツルギに直撃はしていない。

 俺はライフルに弾を込め、正確に狙いを定め、撃つ。

 イササギさんはその気配を察し一瞬こちらを見るが、脅威ではないと判断したのか、すぐにツルギに目を戻す。

 弾は狙い通り胸に着弾し、そして爆発した。

 特製のライフル榴弾である。グレネード開発の副産物として開発した。

 思わぬ衝撃に、イササギさんは後ろに仰け反る。服が破れ素肌が見えるが、出血は確認できない。

 ツルギはその隙を見逃さず、すかさず斬りかかるが、左腕で防がれた。


 イササギさんが着ているのがタンクトップでなければ服が燃やせたのにな。

 やはり正攻法ではダメだな。

 俺は既に装填したライフル榴弾をイササギさんに撃ち込み、すぐに腰に付けた円筒のスイッチを押し、投げた。

 立て続けの攻撃に態勢を崩したイササギさんの胸部で再び爆発が起こった。

 イササギさんがよろめくが、ツルギの攻撃に備えんと、すぐに態勢を整える。

 すると、イササギさんの目の前でスタングレネードが炸裂した。俺が目を瞑る前の一瞬、ツルギが地面に刀を落とし、既に目と耳を塞いでいるのが見えた。

 一瞬の炸裂の後、俺は耳鳴りも気にせずライフルを構える。

 照準の先に居るイササギさんは少しふらついているが、その目はツルギを捉えている。

 咄嗟に目は守ることができたのだろうが、音はまともに受けたのかもしれない。


 刀を拾ったツルギがイササギさんに斬りかかる。

 今度は刀を受けるのではなく、躱している。スタングレネードの効果があったのかもしれない。


 俺は通常の装甲弾を装填し、狙いを定めるが、回避にシフトしたイササギさんは素早く、捉えることができない。


 あれの出番だな。

 俺は腰から円筒を取り出すと、スイッチを入れ、。

「ツルギ、もう一度だ!」

 そう叫ぶと、イササギさん目がけて投げつける。


 それを聞いたツルギは、耳を塞ごうとはせず、構わず刀で斬りかかる。

 捨て身の作戦だと感付いたのか、イササギさんは俺のいる方向に背を向けるように位置取った。

 刀で襲ってくる敵を前に目を瞑ることができないと判断したのだろう。耳を塞ぎながらツルギの攻撃を避けている。



 次の瞬間、爆音が轟いた。しかし閃光は無く、その音も先程に比べて小さい。

 代わりに、辺りに細かい何かが無数に吹き飛んだ。

 スタングレネードではなく、破片を飛ばす攻撃性のグレネードを投げたのである。


 イササギさんを見ると、背中に異常は無いが、右腕が赤く染まっているのが分かった。



「あちゃー。まんまとやられたな。俺の負けだ」

 イササギさんは両手を挙げ、そう言った。


 そして戦闘中には気付かなかったが、遠くの方でツキがバタリと地面に倒れているのが見えた。

「あ、やばい」

 俺は血を流すツルギとイササギさんを横目に、一目散に少女の元へ駆け寄るのだった。




-----




「もう、ひどいです!猫耳族は人間よりずっと耳がいいです!それを忘れるなんて!」

 ツキが立ち上がり、珍しく声を荒げた。


 各人の治療を終え、俺達は冒険者たちが多く集まる酒場に来ている。俺達の卒業を祝うということで、今日はイササギさんのおごりだという。


「いやほんと、ゴメンって。これからは無いようにするから」

「毒にやられてた時も大変だったです!死ぬかと思ったです!」

 あー、そういえばツキを助けたとき、スタングレネードの後は特にぐったりしてたような……

「作戦だったとはいえ、自分もまともに手榴弾食らったっす……」

 ツルギがもそもそとフライドポテトを口に運びながら話す。


「心理戦に加えて、仲間も道連れに敵を仕留める。まあ気合は入ってるな。がはは!」

 イササギさんは豪快に笑い、金色の液体を一気に飲む。そのジョッキをもつ右腕は包帯で覆われている。

 他の部位は無事だったが、再生したての右腕はまだリハビリ中であり、魔法が以前のようには使えなかったようだ。セナさんに怒られなきゃいいが。


「ほんと、すいません。今度からもっとまともな作戦と魔法使います」

 俺は皆に向かってぺこぺこと頭を下げる。

 ツキは未だに頬を膨らませているが、その口にポテトを運んであげると、一瞬渋りながらもモグモグと食べてくれた。

「今日は手で投げてたみたいだが、最終的には魔法で飛ばせるようにするんだったか?」

 イササギさんが赤い顔で話す。

「はい。それで光と音に指向性を持たせたいんですけど、特に音を遮断するいい素材が思い付かなくて」

「音を遮断ねえ。嬢ちゃんの耳は良く音を吸収するみたいだけどなあ」

 その言葉に俺とツルギは笑うが、ツキはまた怒り出した。


 ……ん?これは使えるんじゃないか?

 笑いながらも、俺はイササギさんの言葉に閃きを覚える。


イササギさんの赤い顔とツキの赤い顔を眺めながら、楽しい夜は過ぎていった。


しばらく更新停止します。

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