魔法の見識を深めます
人間界には存在しない獣耳と髪の毛のシンフォニーを思う存分味わった俺達は、諸々の報告の為にセナさんの働く冒険者組合へと向かった。
「どうも、セナさん」
受付に座るセナさんに声をかけると、セナさんはいつもと変わらぬ笑顔で俺達を迎えた。
俺はポイズンウルフがカデンツァ付近に出現したこと、パーティに新たな仲間が加わったことを報告した。
セナさんはポイズンウルフがカデンツァ付近にまで近づくのは稀だと驚いていた。
ツキの加入については、なるほど、と特に懸念なく受け入れていた。
この世界では年端もいかない少年少女が戦闘に駆り出されることもままあると俺は知っていた。セナさんも同様の認識なのだろう。
幻想界は全体的に言って、弱肉強食のきらいがある。社会保障はあってないようなものだ。
人間界に比べて、圧倒的に死が身近にある。
報告を終え、受付の椅子から立ち上がると、イササギさんが今日中には戻ってくると教えてくれた。
セナさんに挨拶を済ませると、俺達は冒険者組合を出て、回収屋へ向かった。
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回収屋に入るなり、店主が声をかけてきた。
「お、サイトウさん。依頼は完了してます。遺体は最低限の処置をしてまだここに置いてありますが、どうしますか?」
他の誰かに盗まれたりなどされないために、回収屋の仕事は迅速を貴ぶ。その陰には俺の同僚達の働きがある。
「もちろん葬儀を頼む。それと荷物を持ってきてくれ」
「畏まりました。葬儀屋には話を通しておきます」
店主がそう話している間にも、他の店員が大量の荷物を運んできた。
俺とツルギが置いてきた魔物の詰まった袋、ツキの仲間たちの荷物。ツキが落としたというお金の入った巾着袋もあるようだ。
どさくさに紛れて巾着袋の中を確認すると、その額はあまり多くないことが分かった。葬儀に使えば消えてしまう程度のものだ。
「ツキは葬式のお金、大丈夫か?」
元々お金を出すつもりだった俺が確認すると、
「はい。ツキの家族のことはツキが何とかするです。ありがとうです。」
ツキは強いまなざしでそう話す。
俺に言えることはあまり無いだろう。
ツキは店主と幾つか会話を交わすと、仲間たちの遺品をその小さな身体に背負い、両手で持ち上げる。
荷物持ちをしていたというだけあって、相応の筋力があるのだ。
「今日はありがとうです。これからよろしくお願いするです」
ペコリとお辞儀をすると、回収屋を出て行った。
店主との会話から、ツキは今日これから仲間の弔いをすることが分かった。
10歳の少女が親しい人たちを一人で弔う。日本では考えられないことだが、そのような環境は人を確かに強くしてくれる。
ツキを見送ると、店主と多少の世間話をした後、俺とツルギも支度を整える。
「じゃあ、俺達もこれで。お互い頑張りましょう」
「ええ。今後とも御贔屓に。ところで、サイトウさんはもしかして本当は男性でいらっしゃるのですか?」
俺が幻想神の悪戯であることを伝えると、
「ああ、貴方があの」
と店主は苦笑いした。
幻想神の人柄は当然ほとんどの職員に知られているのだ。そしてどうやらその従順な僕である俺の噂も。
貴重な同僚に苦笑いで手を振り、俺はツルギと店を出た。
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部屋で魔法の練習をしていると、ノックの音が響いた。
「サイトウ様、冒険者組合のセナという方から、イササギが帰ってきたと電話がありました。」
宿屋の店員のものであろう声はそう伝える。
幻想界にも電話があり、幾つかの会社が大陸の至る所に基地局を設置している。この世界にはまだ無い携帯電話の会社を興せば大儲けができそうだ。
店員は続けて、
「会いたいならカデンツァ中央病院まで来るようにと預かっております」
病院か。魔物討伐に行ったのだからそうなるか。
俺はツルギの部屋をノックする。
ツルギがひょこりと顔をのぞかせた。
「ツルギ、イササギさんが帰ってきたみたいだ。何でも怪我したみたいで病院にいるということだ。見舞いに行くか?」
「師匠が?もちろん行くっす。ちょっと待ってて下さい」
そう言うとツルギはドアを開けっぱなしのまま支度を始める。
……何やらコゲ臭い匂いがするな。何をやってたんだろうか。
支度を済ませると、俺とツルギはイササギがいるというカデンツァ中央病院へ向かった。
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「やあ、元気そうじゃねえか」
イササギさんがいるという部屋に案内されて入ると、イササギさんが笑顔で手を振ってきた。
しかしその表情とは裏腹に、その右肩は途中で途絶え、生えているはずの右腕が存在しなかった。
出血はしていなかったが、あまりの光景に俺とツルギは言葉を失う。
「まあそうビビんなって。右腕がちぎれたのは初めてじゃない。よくあることだ」
イササギさんの隣に座るセナさんが不満そうな表情を見せる。
俺もよくあってたまるか、と言いたくなるが、実際そうなのだろう。
「丁度これから右腕を治すとこだ。いい機会だから見ていけ」
少しすると、白衣に身を包んだ医師らしき人物と看護師達が部屋に入ってきた。
イササギさんが医師たちに話をすると、離れた位置からなら見ていてもよいと許可をもらった。ただし精密な作業の為、五月蝿くしないようにと釘を刺された。
少し待つと看護師が何やら物々しい機械を運んできた。
セナさんと俺達は遠くから眺めていると、医師達はその大仰な機械で何やらイササギさんの左腕を調べ始めた。
そしてそのデータを確認した医師がイササギさんの右肩に手を当てた。
すると、人間の身体が内側から段々と形成されていく様子をまじまじと見つめることになった。まるで人体模型のようだ。
当のイササギさんは嬉々として創られつつある右腕を見ている。
医師が身体を創る中、傍で助手の看護師が逐一何やら情報を伝えている。細かいデータや状況を伝えているのだろうか。
10分程すると、医師はイササギさんに触れるのを止めた。
見ると、イササギさんの右腕は以前のように違和感なく存在している。
医師は幾つかイササギさんに話したのち、看護師を連れて退室した。
セナさんと俺達はイササギさんの元へと駆け寄る。
「あんなの初めて見ました。すごいっすね」
ツルギが少し青ざめた表情で話す。
「ここの医者は意外と腕がいいんだ。痛みもないしな。新しく生えたといっても、まともに動かすには何日か休まなきゃいけないがな」
イササギさんはそう言っていかにも不満という表情をする。
しかし、すぐに真顔に戻ると、
「勉強と鍛錬を重ねた奴は、さっきの医者みたいに人間の腕みたいな精密なものを創ることだってできる。お前らの魔法はどんな感じだ?遠征が思ってたより長引いちまったからな。あとで聞かせてくれや」
と話した。
改めて見てみると、セナさんがイササギさんの右腕に手を回してくっついている。
よく考えればまだ昼だから、セナさんは仕事を抜け出してここに来たのだろう。
これは早めにお暇した方が良さそうだ。
俺とツルギは見舞いのフルーツを渡すと、話もそこそこに部屋を出た。
「セナさんもあんな顔するんだな」
「普段の様子からは想像できないっすね」
いかにも仕事のできる女といったセナさんの振る舞いは頼れる夫の存在に支えられていたのだ。
「イササギさんも言ってたことだし、宿に戻って魔法の特訓でもするか。ところでツルギは何の魔法を練習してるんだ?」
「先輩と同じように、自分も秘密っす」
先日の俺の魔法に耳をやられたことをまだ根にもっているのかもしれない。結構謝ったつもりだったが。
自分や仲間に被害が及ぶようでは実用的とは言えない。ツキを守るためにも、もっと練習しなければ。
決意を新たに、俺とツルギはお気に入りの宿へと戻るのだった。
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宿に戻り荷物を降ろすと、俺はツルギに出かけると伝え、街の郊外で魔法の研究に取り掛かる。
目下俺が取り組んでいるのはスタングレーネードを創り、飛ばす魔法である。それも自分たちには影響がなく、相手にだけ効果を及ぼすという指向性を持ったスタングレネードである。
魔法の発動にイメージや集中を必要とする幻想界では、人間界以上に相手を混乱させることに効果があると考えたのだ。
ツルギ戦で使ったのは通常通り全方位に閃光と爆音を撒き散らすスタングレネードをただ創るだけのものだ。
五月蠅すぎると、実際ツルギに怒られたように、戦闘中に仲間を巻き添えにしてしまう。
また閃光に関しても、一瞬の閃光を避けるためにそれなりの時間、目を瞑る必要がある。可能であればその時間も攻撃に利用したいと考えた。
閃光については、グレネードを魔法を使って回転無しで飛ばせるようにすれば解決可能である。
あらかじめグレネードに遮蔽物を付けて置き、自分たちの方向に閃光が届かないようにして、その向きのまま敵に飛ばすのである。
この方法に関しては遮蔽物の素材は自由が利くので、真っすぐに飛ばす魔法の訓練をすればいい。
現在頭を悩ませているのは音を遮断する防音にどのような形や性質の素材が良いのかである。
色々と試行錯誤しているが、いまいち決定打が無い。
グレネードを優しく包みこみ、全てを受け入れるかのような素材……
街の少し外れにて、耳栓をした少女は一人爆音を轟かせ続けるのだった。