新しい仲間が加わります
獣耳の少女をおぶった俺は、時折回復薬を少女の口に流し込みながら20分ほどの疾走を経て、カデンツァの街に到着した。そしてすぐに最寄りの病院へと向かう。
ツルギは装備が重いらしく、かなり後方を走っていて暫く見ていない。
病院に入り、ポイズンウルフの毒を受けた患者である可能性を伝えると、獣耳の少女はどこかへと運ばれていった。
マラソンで早くなった鼓動が収まるよりも先に、ロビーで待つ看護婦の女性が様態を伝えに来た。
少女はやはりポイズンウルフの毒に冒されていたらしい。ポイズンウルフの毒は身体の力を奪うものであり、直接命に関わるような効果は無いらしい。
幻想界の医療機関は人間界と同等以上に高度な教育を受けた者が働く場となっている。自己治癒できないような病や傷を治す幻想界の医療行為は科学と魔法を適材適所で組み合わせたものであり、その内容は素人の俺にはよく理解できないほど高度である。
今回の対処もそれに見合った迅速で正確なものだったようだ。
ロビーの椅子に座っていると、ガチャガチャと音を立てて全身を金属の鎧で覆った青年が入ってきた。ツルギだ。
「遅かったな」
「や、やっぱりマラソンするには鎧は厳しいっす」
ツルギは息も絶え絶えにそう話す。
ツルギによれば一度鎧を脱いで袋に詰めて運ぼうとしたところ、かえって運び辛かったため、仕方なくもう一度装備し、そのまま走ってきたらしい。
俺はツルギの呼吸が落ち着くのを待ってから少女の無事を伝える。
「そうっすか。よかったっす」
頭部だけ鎧を脱いで、ツルギがそう話す。
「ところで、あんな技、いつの間に覚えたっすか?すごい音で気絶しそうになったすよ」
「あれはまだ未完成品でな。夜寝る前に練習していたんだ」
「ああ、最近になって宿の部屋を分けだしたのはそれが理由だったんすね。てっきり怪しいことでもしてたのかと」
心外な。その読みは間違ってもいないが。
「それよりツルギはケガとか大丈夫か?だいぶ苦戦してたみたいだけど」
「多少打撲はあったっすけど、回復薬ガブ飲みしたら平気になったっす」
「それは良かった。これからはあんな硬くて速い敵も相手にしなきゃいけないんだな」
俺の言葉にツルギは頷く。ポイズンウルフに一太刀も入れられなかったツルギは、思うところもあるのだろう、神妙な顔つきをしている。
俺達が世間話をしていると、獣耳の少女がこちらに向かって歩いてきた。顔色は至って健康そうだ。流石にファンタジー世界の医療、仕事が早い。
少女は立ち止まり、小さくお辞儀をする。
「あの、助けてくれてありがとう、です」
「困ったときはお互い様っす」
ツルギが笑って返す。
「それと、実は逃げてる途中でお金の入った袋を落としちゃったみたいで、その……」
少女は話し辛そうに上目遣いでこちらを見ている。
ここで出さなきゃ漢が廃る。俺は紳士だ。
俺は精一杯のスマートな動作で治療費を受付に払いに行き、戻ってくる。
「せっかくだから、ご飯でも食べに行こう。話も聞かせてほしいし」
俺はなるべく優しい声で語り掛ける。時刻はもう夕方だ。
戦う術を持たなそうな少女が一人であのような場所にいたのには何か理由があるのだろう。
「ありがとう、です。お姉さん」
少女は目元に涙を溜めて話す。
胸に熱いものを感じた。かわいいは正義。これはどの世界でも変わらない理なのである。
俺達は病院を出ると、最近よく利用している店へと向かうのだった。
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俺たち三人は冒険者もよく利用する店でテーブルを囲んでいる。
俺は鶏の唐揚げとビールという黄金のタッグを注文し、その到着を待つ。
最近は鶏肉を食べることが多いが、やはり唐揚げは鶏料理の中で最強である。
近頃は手からこの店の唐揚げが出せそうな勢いである。
頼んだ料理が到着するまでに、少女は言葉を発しない。俯いているばかりだ。
俺は提供された料理を少女に取り分ける。
「私の名前はサイトウ。こっちはツルギ。あなたの名前を教えて」
怖がらせないよう、俺は念のため口調を工夫する。
「ツキ、というです。猫耳族です」
ツキと名乗った少女は、そうぼそりと話した。
「どうして一人であそこにいたか、教えてくれる?」
「最初は仲間といたですが、途中でアイツに遭ってしまって……。仲間がその、みんな殺されて……。ただの荷物持ちだったツキは何もできなくて」
ツキは涙をこらえながら話す。
俺とツルギはかける言葉がすぐに思い浮かばず、沈黙する。
すると、ツルギが明るい声で
「食べなきゃ元気にならないっすよ。ここのから揚げはメチャうまっす」
そう言ってツルギは少女の前に置かれた皿を、ツキに薦めるように動かす。
ここまで料理に手を付けなかったツキが、ゆっくりと料理を口に運び始める。
少しずつ話を聞くと、主に採集をしていたツキのパーティは、Dランクに分類されるポイズンウルフに襲撃され、三人が命を奪われたという。
ツキは猫耳族の中でも聴力が優れているらしく、索敵も担当しているという話だった。だからこそ余計に責任を感じているのかもしれない。
そもそもカデンツァ近郊にポイズンウルフが出現するなど、予想外のことなのである。
セナさんもそんなことを言っていた覚えはない。
どうにも近頃は魔物の出現に異変が起きているように感じる。
「ツキは今日帰るところはあるのか?」
「みんなで暮らしてた家があった、です」
聞けばツキは早くに両親を亡くし、現在10歳という若さ。しかし親類がいたようで共にパーティを組んで生計を立てていたそうだ。
「とりあえず、今日はゆっくり休んで。お金のことは気にしなくていいから。亡くなった人たちの回収も私たちに任せていい」
俺は今にも泣きそうな顔のツキに語り掛ける。
しかしツキは勢いよく首を振ると、
「それはダメ、です。明日には返すので、待ってもらえますか?」
ツキの今後も気になるので、今日でさよならよりはマシかと、俺は了承する。
俺は泊まっている宿屋の名前を伝えた。
店を出て、家は近くだというツキを見送る。
そして早く荷物を置きたいというツルギと一旦分かれると、俺は街の少し外れに向かった。
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「いらっしゃい。どんな御用かな」
回収屋の店主はそう愛想よく話す。
回収屋は戦闘の最中で置いてきてしまった荷物や遺体の回収や、荷物の運搬、変わった所では清掃業なども営んでいる。
「遺体と荷物の回収を頼みたい。それと」
俺は店主と目を合わせながら、
「パソコン買うならどこがいい?」
そう話す。すると、店主はニヤリと笑い、
「シマネがいいよ」
と答えた。
この一見意味不明な会話の正体は合言葉である。
実は幻想界の至る所に存在する回収屋はそのほとんどが幻想神界の職員が営んでいるのである。店頭に立つのはおおむね監視部の職員で、回収などに動くのは監視部だったり派遣部の職員だったりする。
目的を同じにする仲間の依頼に対しては当然便宜が図られるため、回収屋を尋ねる時は幻想神が決めたこの掛け合いをすることになっている。
幻想界にパソコンがあるわけない。だから合言葉として成立するのである。
大まかな場所や特徴を伝えると、挨拶を交わしすぐに店を出る。
料金を払わなくてもいいのが大きな利点である。
さすがに脚に疲労を覚え始めた俺は、既に取ってある宿へと向かうのだった。
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俺とツルギが宿屋の食堂でいつものように遅めの朝食をとっていると、猫耳の少女が宿屋に入ってくるのが見えた。
「ツキ、おはよう」
俺は大きめの声で呼びかけると、ツキはこちらに軽く会釈をし、近づいてくる。
昨日とは違って血色がよく、活発そうな印象を受ける。
「おはようございます。今日はお願いがあって来ました」
真剣なまなざしでツキが続ける。
「昨日色々考えたですが、今は貯金も無くて、すぐには返すのが難しいです。一人で採集に行くのは危ないとみんなから言われてたのでそれも……」
俺とツルギは黙って少女を見る。
「だから、二人にお願いです。ツキを荷物持ちで連れてってください。迷惑はかけません。ツキは耳がいいので敵の場所も分かります。だからっ」
ツキが矢継ぎ早に話す。
この展開は既に想定はしており、ツルギとも話し合っていた。
もしそうなった場合、俺はツキの加入に反対だった。
理由としては、俺達は幻想神の任務でここに来ているため、任務が終わればすぐにここを離れ、幻想神界へ戻らなければならないからだ。今のこのカラダとは永遠にお別れになるだろう。
すぐに別れることが決まっているのに、身寄りのない少女を預かるというのも酷だと思ったのだ。
しかし話し合いの場で、ツルギは俺の主張に対して一向に首を縦に振らなかった。
まだツキに頼まれていたわけでもなかったので、最終的な結論は出ていない。
「まあ、とりあえずここに座ってくれ」
俺はツキにそう促す。
ツキは少し驚いたような表情を見せながらも、その通りにする。
「俺は元々こんな口調でな。実はこっちの方が楽なんだ」
ツキはコクリと頷く。
「詳しい理由は話せないが、俺とツルギはすぐにここを離れるつもりだ。だから仲間が欲しいなら他を当たってくれ。金のことはいいから」
俺はあえて突き放すような態度を取る。
ツキはそんな俺をじっと見つめる。
やめてくれ。そんなつぶらな瞳で見つめないで。
「でも、二人はツキを助けてくれた。ツキは二人に恩返しがしたいです。しなきゃいけないです。」
ツキの瞳が潤んでいるように感じる。
考えてみればこの少女は両親を亡くし、親類を亡くし、二度も否応なく孤独な状況へと投げ出された経験をしているのだ。
死ぬ予定がある、とも言えず、俺は発言に窮する。
すると、ツルギが
「いいんじゃないすか。自分はいいと思うす」
いつになく真剣な表情でそう話す。
「荷物持ってもらえるのはありがたいっす。先輩も最近困ってたでしょ?それに敵を素早く見つけるのは自分たちにはできないことっす」
確かに役割として俺達を補ってくれるのは理解している。
「でも、俺達にはもう一人を守る余裕なんてないぞ」
俺がそう言うと、ツキはすぐさま、
「ツキは敵に見つからないように隠れます。隠れるのは得意です。今までずっとそうやってきました。昨日はみんながやられそうになったから、助けに行こうと思って、それで……」
早い口調でそう話す。
幼いながらも俺らを説得しようと必死に考えてきたのだろう。
「もしもの事があっても守ってやれない。それでもいいなら、仲間になるっすか?」
ツルギは話しながら、俺にアイコンタクトをしてくる。
有事の際に俺がツキを見捨てることはできないのを分かって言っているのだろう。
それ以上にツルギ自身が絶対に仲間を見捨てそうにもない。
「はい、です。ツキは迷惑をかけません。だから、お願いします」
ツルギはもはや勝った、とばかりに優越の表情を俺に向ける。
俺としてもこれ以上、この愛らしい少女の頼みを無下にするのは心が痛む。
一人の紳士として、これ以上少女を悲しませるのは理念に反する。
「分かったよ。じゃあお願いするよ」
俺がそう言うと、ツキは目を見開きこちらを見る。
嬉しいのだろう、猫耳がピコピコ動いている。
「ただし一つ、条件がある」
ツキとツルギが、待つようにこちらを見据える。
「そのかわいいお耳をモフらせろ!」
俺はそう言い放つと、手をワシワシと動かしながら少女に襲い掛かる振りをする。
ツキは一瞬、驚いた表情をするが、言われたことを理解すると、少し照れた表情で目を瞑った。
辛抱たまらん。
俺は少女を抱きかかえ、自分の膝の上に載せると、そのフワフワお耳を思う存分堪能する。
今の俺は美少女だから、触るべからずというロリコン協定にも引っかからないのではないだろうか。
そんな俺をツルギは呆れたような、しかし安心したような表情で見つめる。
しかし、しばらくそうしていると、ツルギがそわそわし始めた。
ダン!と音を立てて立ち上がると、ズカズカと歩いてきて俺と同様にツキの耳をモフり始める。
ツキはどんな表情をしているだろうか。
こうして俺達のパーティに新しい仲間が加わった。