鬼灯を吹く女
ぷうぷう、ぷうぷう。
暗闇の中、鬼灯を吹く女がいた。少年はその光景を少し離れて見つめていた。
「何をしてるの?」
「鬼灯を吹いてるのさ」
少年の問いに、青白い顔の女は鬼灯を吹きながら答えた。暗闇の中、生い茂る蔦へ夕日色をした赤児の拳程の鬼灯が沢山生っている。
それはまるで心臓のようで、夕日色は黒い中で緩く脈打つような明滅を繰り返していた。
「楽しい?」
少年は沢山生える鬼灯から無理矢理目を離し、聞いた。
この緩い明滅を見ているとこのまま鬼灯に吸い込まれるのではないかと怖くなったからだ。
「楽しかないさ」
女は鬼灯から口を離し、答えた。
笑えば綺麗だろうに。と、解れ髪をそのままに能面じみた表情で鬼灯を持つ女を見て、少年は思う。
女の口を離れた鬼灯は少しばかり光る。鬼灯風船が一つ、出来上がった。
「持っておいき」
女は出来たばかりのそれを少年に渡した。壊れ物を扱うように、少年は優しくそれを手の平に乗せる。
「出来たばかりだから良く光るよ」
実を覆う部分を剥かずに作られたそれは、女の言葉にぽぅと輝いた。小さなランプのようだ。
「ありがとう、おばさん」
少年の礼に、女は鬼灯の汁を飲んだかのように顔をしかめる。
「お姉さんとお言い」
ぶちりと乱暴に暗闇から鬼灯が毟られる。
こいつは使えない。と、女は光らないそれを暗闇に捨てた。
それを見届けてから少年は再度、女に礼を言う。
「ありがとう、お姉さん」
ぽぅと少年の手の中のそれが赤く光った。女は微かに、唇の端を引き上げる。
「素直な子は好きだよ」
思った通り、お姉さんは笑うと綺麗だった。そう、少年が思った時には、女はまた表情を能面に戻し、新しい鬼灯を蔦から摘み取っていた。
「そいつなら迷わずいけるよ。早くおいき」
女は慎重に身から汁を取り除くと、未だ呆と突っ立っている少年の背後をすっと指差した。
ぷうぷう、ぷうぷう。
それきり少年には目もくれず、鬼灯を吹く。少年は女の指の先を見、そしてもう一度女に向き直る。
「うん。もう行くよ」
少年は鬼灯風船のランプに導かれ、女の元を後にした。
「ああ、良かった!」
少年は白い部屋で目が覚める。両親が少年の顔を覗き込み、涙を流していた。
「先生! 目を覚ましました!」
父親はやってきた医師に喜々として報告する。母親は良かったと呟きながら、泣き崩れていた。少年本人だけが、喜びの意味を理解出来ず一人取り残される。
医師の診察の後、やっと彼は自分が車に撥ねられ、一週間以上昏睡状態だったことを知った。詳しく話を聞く内に、徐々に思い出す事故直前の記憶。鬼灯の赤いランプと同じように赤い救急車のランプを朦朧とした意識で待っていたような気がする。
「災難だったね」
医師も警察も、決まり事のように眉を下げ、同じ台詞を言った。
「ええ、本当に」
少年もまたそれへ儀礼的に答えながら、鬼灯を持っていたはずの右手を見た。勿論、そこに鬼灯の風船はない。少年はあの黒の中にぽつぽつと散る夕日色を思い出しながら、心を込めて呟いた。
「ありがとう、お姉さん」
あの女性へ小さく礼を述べると、あの緩やかな明滅のように、少しずつ黒の中にある赤い記憶は薄れていった。
ぷうぷう、ぷうぷう。
女は変わらず、暗闇で真赤な鬼灯を吹き続けている。一度唇を離すと、能面じみた顔が笑みを作った。
「どういたしまして」
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