milk*chocolate
人というのは臆病で、なのにとても、欲張りで。
怖くてそっと手を伸ばす事しか出来ないのに、心の中では“もっと”ってせがむんだ。
◆
「由愛〜、今からカラオケ行かん?」
長い茶髪の香夏子が鞄を背負いながら尋ねて来た。 ポンパドールがとても似合っている。
あたしの大好きな友達。 あたしの憧れ。
「ごめん、カナ〜っ!今日塾で………」
両手を合わせて謝る。
「そっかぁ〜…。ま、塾なら仕方ないよな。由愛、あんた只でさえ頭良いのに、これ以上良くなって
どうするん?その脳みそ半分あたしにくれよ〜っ」
カナはケラケラ笑いながら教室を出て行った。
ごめんね、カナ。 塾なんて、嘘なんだ。
本当は、一緒にカラオケ行って騒いだり、一緒にプリクラ撮ってカンペンにはったりしたいよ。
でも、あんなに輝いているカナの傍にいると、自分がくすんでしまいそうで怖いの。
あたし、臆病だよね………。
いつの間にか、教室にはあたし以外誰もいなくなっていた。
また自分の世界に入り込んでたのかな? あたしの悪い癖。
――――ガラッ
急に教室のドアが開き、あたしはビクリと身を震わせる。
大きく開いたドアの向こうから入って来たのは、あたしのもう1人の憧れの人、倉橋君。
「あれっ、佐々岡じゃん」
クリッとした、大きい瞳があたしを捉える。
ワックスで整えられた黒い髪。 この前まではカナと同じ茶髪だったんだけど、先生に注意されたらしい。
「あっ、丁度良かった!ね、佐々岡、お前勉強得意だったよな?」
「え…っ、いや、別に得意って訳じゃ……」
「でも俺よりはいいだろ?頼む!俺に数学教えて!!」
倉橋君は、さっきあたしがやったみたいに両手を合わせてお願いして来た。
こんな姿見て断るなんて無理無理。 あたしは鞄からカンペンを取り出した。
◆
「ここはこれを代入して――――…」
「あ、なるほど!!」
倉橋君は、そんなに言う程頭は悪くなくて、あたしの説明をすぐに理解して行った。
「いやぁ〜、助かった!明日小テストあるからさ〜…。でも佐々岡のおかげで大丈夫そう♪ありがとなっ」
ノートをしまいながら倉橋君は笑う。
……違うよ。 あたしのおかげなんかじゃない。
「…あたしのおかげなんかじゃないよ……。倉橋君が、頑張ったから……」
その言葉に彼は一瞬きょとんとして。
「“倉橋君”なんて堅っ苦しい呼び方すんなって。悠斗でいいよ」
そう言って、何かを投げて来た。 慌ててキャッチする。 そっと見ると、金の包み紙に包まった
チョコレートが手のひらに転がっていた。
「お礼っ♪」
そう言って、倉橋君は教室を出ようとする。
お礼、言わなきゃ…。 臆病なままじゃ駄目だよ、由愛。
「―――ゆ…っ、悠斗…君っ!」
「?」
倉橋君が不思議そうな顔で振り向いた。
「これありがと…。小テスト、頑張って…っ」
自分でも、『もう少し大きい声で言えよ!』って思うくらい小声。
それでも倉橋君は、にっこり笑って教室を出て行った。
少し、勇気出せたよね…?
金の包み紙を開いて、チョコを口に放り込む。
甘くて愛しい、味がした。