5
「桜茶、淹れたから飲んで? 久しぶりでしょう」
喉がからからに渇いていた千華は、二人ぶんの桜茶を淹れ、京に勧めた。
未だ熱のこもった目をしている京は、気だるそうに頷く。
こちらを見ない京の広い背中を見つめながら、千華の中に激しい愛しさが溢れでる。同時に、その逞しい身体に、誰が抱かれたのかと問い詰めたくなる、嫉妬も。
三年ぶりに感じた京の肌のぬくもりは、なんら変わっていなかった。変わってしまったのは自分たちの関係だけ。どうしてなんだろう。
「桜茶、うまいな」
桜の香りが鼻に抜けていく。この渋みが好きになって、三年も経ってしまった。
「……わたしも、好きになったのよ」
カップに口をつけながら、千華は微笑んだ。
「あなたを待っている間、これを飲んでずっと想ってたの」
そういった千華の声に、甲高い叫びのようなものが混じっている。
それを感じ取ったのか、京は目線を外しながら言った。
「そうか……千華、でもおれはもう、向こうに妻がいるんだ」
きっぱりと言う京の目に、迷いはない。曇ることのないこの瞳が、千華は好きだった。でもそれは、その瞳に映るのは自分だけだと思っていたから。
正確には、自分の姿がくっきりとうつる、彼の瞳が好きだったのだ。
他の人が映るあなたの瞳など、好きじゃない。
「だから、これが最後なんだ。もうおれはこっちに帰ってこないし、おまえの前にも現れない」
千華は哀しげに瞳をゆらした。
人形のような表情のない瞳に哀しみをにじませ、すっと京の隣まで寄って、腕をとりながら指を這わせる。
「ここにいればいいじゃない。いつだって、わたしが桜茶を淹れてあげる」
京の顔が僅かに赤くなり、呼吸が速くなっていく。
千華は微笑んだ。
「帰りたくないんでしょう? じゃなきゃ、わたしの前になどあなたは現れなかったでしょう」
京がはっとした顔で千華を見つめた。
遊ばせていた指を彼の指に絡めると、京は歯の隙間から言葉を押し出すように言った。
「仕事上の付き合いで、結婚せざる得なかった。でも、向こうはおれを愛してくれるんだが、おれはどうも愛せないんだ」
じわじわと笑みが千華の唇に浮かんでくる。
あなたが愛しているのは、ひとりだけ。
「君に会えば、離れられなくなるのは分かっていた。でも、どうしようもなく会いたくなったんだ。何気ない妻の仕草が、君を思い出させて……」
カーテンの向こうから、薄青い光が差し込んでくる。薄明、というのだろうか。
夜明けをつげる鳥の鳴き声が聞こえる。細く甲高く鳴いている。
「君と結婚はできない。……それでも、いいか?」
指と指が絡まり合って、そのまま京は千華の方へと身体を傾けた。
倒れ込んだ千華の目の前に、京の顔がある。
それがたまらなく、嬉しい。
「どうぞ、あなたの好きなように」
どんな関係でも、あなたと居られるのならそれでいいから。