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薄鳴館  作者: 春野
第壱話 染められた女
9/14

5

「桜茶、淹れたから飲んで? 久しぶりでしょう」


喉がからからに渇いていた千華は、二人ぶんの桜茶を淹れ、京に勧めた。

未だ熱のこもった目をしている京は、気だるそうに頷く。


こちらを見ない京の広い背中を見つめながら、千華の中に激しい愛しさが溢れでる。同時に、その逞しい身体に、誰が抱かれたのかと問い詰めたくなる、嫉妬も。


三年ぶりに感じた京の肌のぬくもりは、なんら変わっていなかった。変わってしまったのは自分たちの関係だけ。どうしてなんだろう。


「桜茶、うまいな」


桜の香りが鼻に抜けていく。この渋みが好きになって、三年も経ってしまった。


「……わたしも、好きになったのよ」


カップに口をつけながら、千華は微笑んだ。


「あなたを待っている間、これを飲んでずっと想ってたの」


そういった千華の声に、甲高い叫びのようなものが混じっている。

それを感じ取ったのか、京は目線を外しながら言った。


「そうか……千華、でもおれはもう、向こうに妻がいるんだ」


きっぱりと言う京の目に、迷いはない。曇ることのないこの瞳が、千華は好きだった。でもそれは、その瞳に映るのは自分だけだと思っていたから。

正確には、自分の姿がくっきりとうつる、彼の瞳が好きだったのだ。


他の人が映るあなたの瞳など、好きじゃない。


「だから、これが最後なんだ。もうおれはこっちに帰ってこないし、おまえの前にも現れない」


千華は哀しげに瞳をゆらした。

人形のような表情のない瞳に哀しみをにじませ、すっと京の隣まで寄って、腕をとりながら指を這わせる。


「ここにいればいいじゃない。いつだって、わたしが桜茶を淹れてあげる」


京の顔が僅かに赤くなり、呼吸が速くなっていく。


千華は微笑んだ。


「帰りたくないんでしょう? じゃなきゃ、わたしの前になどあなたは現れなかったでしょう」


京がはっとした顔で千華を見つめた。

遊ばせていた指を彼の指に絡めると、京は歯の隙間から言葉を押し出すように言った。


「仕事上の付き合いで、結婚せざる得なかった。でも、向こうはおれを愛してくれるんだが、おれはどうも愛せないんだ」


じわじわと笑みが千華の唇に浮かんでくる。

あなたが愛しているのは、ひとりだけ。


「君に会えば、離れられなくなるのは分かっていた。でも、どうしようもなく会いたくなったんだ。何気ない妻の仕草が、君を思い出させて……」


カーテンの向こうから、薄青い光が差し込んでくる。薄明、というのだろうか。

夜明けをつげる鳥の鳴き声が聞こえる。細く甲高く鳴いている。


「君と結婚はできない。……それでも、いいか?」


指と指が絡まり合って、そのまま京は千華の方へと身体を傾けた。


倒れ込んだ千華の目の前に、京の顔がある。

それがたまらなく、嬉しい。


「どうぞ、あなたの好きなように」


どんな関係でも、あなたと居られるのならそれでいいから。


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