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洋館ーー薄鳴館の中に入ると、わたしはその内装の豪華さに目を見開いた。
入ってすぐ、わたしを迎えでたのはつやつやとしたこげ茶の階段で、上から吊るされたいくつもの洋燈が、一階を淡い橙色に照らしている。
床には鮮やかな赤い絨毯が敷かれており、土足で歩くのが申し訳なくなってくる。
明らかに現代とはかけ離れた内装に驚きながらも、わたしは男のあとについて行った。
通されたのは二階の部屋だった。客間、というやつだろうか。
窓には色ガラスがはめ込まれていて、思わず感嘆の息をついていると、くすりと笑う気配がした。
「お気に召しましたか、薄鳴館は」
「は、はい……」
手で座るように示してから、男は「いまお茶を淹れますね」と微笑んでから、ティーカップに熱いお茶を淹れてくれた。お茶を淹れるというだけでなのに、その動きになぜか見惚れてしまう。
「どうされました?」
「えっ!? なんでもないです」
まずい、見つめすぎた。
だって、あんまり綺麗なんだもの。
「どうぞ、召し上がってください。お砂糖はここにあるので、よろしければどうぞ」
男はそういって、細く長い指でカップをつまみ、お茶をすする。
「いただきます」
あ、おいしい。
柑橘系の甘酸っぱいよい香りが、すっと鼻に抜けていく。あまりの美味しさにもう一杯飲むと、あたたかさが身体中にみちて、心が落ち着いた。
「では、お仕事のお話をしましょうか。まず、わたくしはカオルと申します。この薄鳴館の、主人でございます。あなたは、……綾さんでございますね」
「あ……はい」
どうして名前を知っているんだろう。
不審に思ったわたしをみて、カオルさんは苦笑した。
「あなたに声をかけた時、あなたの持っていた書類が見えまして、そこの名前を見てしまいました
。申し訳ございません」
あ、なるほど。わたしは慌てて手を振って、大丈夫です、そう言った。
「それでここのお仕事なんですけど、此処では喫茶店をしているんですね。ただ今、従業員がわたくし一人でして、だから、是非ともお手伝いをお願いしたいのです。……できたら住み込みで」
「住み込み?」
これは、家賃が浮くかもしれない。
「ええ。食事と家賃こみで。お願いできますか?」
「もちろんです! あ、でもお仕事ってなにをするんですか?」
わたしは大きく頷いてから、一番の疑問を口にした。こんなにいい話はそうそう無いが、さぞかし仕事はつらいのだろう。なんせ、二人しかいない喫茶店なのだから。
「食事や食器のあげさげと、お客さまのお話相手です」
「お話し相手?」
「はい。……お客さまがお越しいただいた時、わかると思います」
お話し相手、なんだろう、悩み相談とかかな。
わたしは首を傾げながらも、その仕事を了解した。どうせ一人暮らしのなに一つ持っていない女だ。この先どうなっても、もう、かまわないんだから。
「カオルさん。これからどうぞよろしくお願いします」
カオルさんは深々と頭を下げるわたしに、にっこりと微笑み、頷いた。