2
翌日、チラシにかかれた通り、わたしは夕方の6時に薄鳴館につくように家を出た。
厚い雲に覆われ、月も出ていない。冷たい闇夜だった。
「この辺りのはずなんだけど、誰もいない……」
薄鳴館があると書かれている場所は路地裏で、全くといっていいほど ひとけ がなかった。住宅はなく、代わりに明かりのついていない飲食店や、カーテンが引かれていて何を売っているかわからない店などがせめぎあっている。
「サイメ横丁」と書かれている看板の下をくぐると、その異様な空気はさらに増し、わたしは思わずぶるっと震えた。
入ってはいけないような場所に足を踏み入れてしまったような不安感がムクムクと広がり、思わず足を止めたくなったが、好奇心がわたしを突き動かしていた。
街灯が明かりを灯さず、まるで兵隊のように、立っている。まるでここに足を踏み入れた者を見張っているみたいに。
「ほんと、どこよ、薄鳴館」
あまりの不気味さに心細くなり、そう呟いた時、ゴーンゴーンと時計の音が響きわたった。その音の大きさに驚きばっと目線を上げると、目の前に大きな洋館が姿を現した。
「こ、ここ?」
時計の音がが6つ鳴りおわると、あたりは急にまばゆい光に包まれた。
「ひっ」
思わず目をつむり、その場にしゃがみこむ。しばらくして目をゆっくりひらくと、街灯に明かりが灯っており、一列の光の道を作り出ていた。さっき通り過ぎてきた店にも明かりが灯っている。
そして、この目の前の洋館にも黄色い光がともり、わたしの影を伸ばしていく。マンションとかでいうと、四階くらいありそうなほど、おおきな建物だ。見た目は洋館なのに、どことなく和風な雰囲気のあるこの建物は、幼い頃教科書でみた和洋折衷の建物そのものだった。
まるで何かの物語が始まるような興奮と不安を抱えてぼうっと立ち尽くしていると、洋館の扉がゆっくり開いていく。
「ようこそ、薄鳴館へ」
出てきたのは、昨日会った男の人。濃紺の着物を身に纏い、下駄の音をカコン……と鳴らして歩いてくる。
わたしは一歩、後ずさった。
「外では寒いでしょうから、どうぞお入りください」
男はそういって首をゆっくりと傾げてから微笑み、手招きした。扉の向こうからも光が漏れて、きらきらと光っている。
わたしは頷いて、男に誘われるまま薄鳴館へと足を踏み入れた。