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今の今まで、日陰で生きてきた。
学生時代はなるべく人から反感を買わないように、波風を立てないようにしていた。
そのせいか、とくに親しい友だちもおらず、うわべだけの関係を保ってきて、もう、21年の月日が経つ。もちろん彼氏なんてできたことない。
毎日毎日、同じことの繰り返しだった。
それに嫌気がさして高校を辞めたくせに、その繰り返す日々の退屈さを、今も拭えないでいる。
「そろそろ新しいバイト先見つけなきゃな」
大きなあくびをして、残っていた紅茶を飲み込んだ。11月の夜の空気はさすように痛い。星も駅前だからか、はたまた秋で空気が霞んでいるからか、あまりよく見えなかった。
一人暮らしの生活費を支えるためには、いくつもバイトをかけもちしなければならない。さいきん、また生活が苦しくなってきたから、バイトの数を増やさなければ。
覚悟を決めて駅前のベンチから立ち上がると、どん! と横を通る人にぶつかった。あまりに強くぶつかったので、よろけてしまう。
それでも周りの人間はわたしの存在なんて無いみたいに前を横切り、目が合う人もいない。
冷たいよなぁ。
「バイトをお探しなんですか?」
「はい、たーっんと稼げるバイトを……え?」
驚いて振り返ると、一枚のチラシを持った男が立っていた。
「いいお仕事があります」
「本当ですか!」
思わず、ずいっと男の方に身を寄せると、よい香りがした。香水? いや、そんなきつい香りじゃない。でも、離れたくないと感じさせるような香りだ。
よくよく見ると、彼は整った顔をしていた。身なりもよく、品のよいスーツを着こなしている。……そういえば、身体を売る仕事などのスタッフは物凄く容姿端麗な人が多いと聞いたことがある。
まあ、それでもいいけど。
「ええ、ありますとも。一度見学にいらしてください。お待ちしていますから」
男はそう言って微笑んだ。穏やかな笑みの中にどこか異質で不気味な雰囲気がある。
人間らしく無い、というのだろうか。何から何まで、彼は隙がないというか、作り物のように完璧なのだ。
そんなことはともかく、たんと稼げる仕事ならなんでもいい。もう人生に何も期待していないんだ、わたしは。
あ、今のちょっと厨二病っぽかった?
「ここの地図を見ながら行けばいいんですね……薄鳴館、ですか」
わたしはそう言いながらチラシを見ていると、薄鳴館と書かれた字が、横文字なのに左から書かれてある。こういうのって、昔使われてた書き方だよね……。明治とか? あれ?
返事がないのを訝しく思い男の方を見ると、そこにはだれもいない。
「うそ、消えちゃったよ……」
まあ、何はともあれ、新しいバイトが決まりそう。よかったぁ。