雪原のホワイトドラゴン~できればもう転生したくない~
気が付けば私はドラゴンに転生した。
全身真っ白の最北端の地に生息するホワイトドラゴンだ。
私は元日本人。おなじみの異世界転生というやつを果たしたわけだ。大して驚きはない。
生まれたばかりの私は言葉を話すこともできず、食事も母親ドラゴンが取ってきた魔物の死骸をいただいて過ごしていた。
が、そんな両親はたった今、全身の鱗をべりべりと引っ剥がさがれている。
冒険者だ。
何という事をしてくれるのだ。ご飯をくれる人がいなくなってしまったではないか。幼竜の私は、この小さな身ではこの極寒の中、しかも大して生き物のいない劣悪な環境でどう生き延びろと言うのだ。
ぎゃーぎゃーと抗議の声を叫び出す。が、もちろん喋れないので相手には伝わらない。
「幼竜!? まさか……この竜の子供か!」
他に誰がいると言うのだ!
男はしばし考えている。その間も雪原の中には吹雪が吹き荒れる。
「幼竜の鱗など剥いでも金にはならんしな……これも俺の責任。竜を育て上げた例など聞かないが、試にやってみるか。上手く調教できればこのホワイトドラゴン以上の金になる。」
言葉が通じていることなど知らない男は思いっきり私の前で本音を喋っていた。
そうして男は雪原から離れた北の山に構えた拠点とする小屋へ私を連れて行った。
男は私に何かの動物の生肉を放り投げる。
非常に生臭いにおいがする。動物の肉とはこうも臭いものだったのか。だが、背に腹は代えられん。食えればよし。私はばりばりと生肉を食す。
私が食べたのを見て男は顔をほころばす。ダメもとで与えてみれば案外OKだったので、希望が見えてきたのだろう。
そりゃ、私が例外だからさ。
他の竜だったら、例え幼竜であろうと誇り高い竜が人間の手から施された餌など断じて口にはしないだろう。
だが私は元は人間。その辺はあまり抵抗が無い。最初から自我がすでにあるので、例え人間に与えられるものであろうと餓死なんて苦しい目に遭う位なら喰らう。私のプライドなど食欲には負けるのさ。
そんな感じで冒険者の竜の子育てが始まった。
2年後
「おー~~~い、めしだぞ~~~!」
のっしのっしと雪を踏みしめて歩く。私もだいぶデカくなった。冒険者よりちょっと大きい位の大きさだ。
「ジーク、めし。」
「……はいはい、まったく。お前のその言葉使いは誰にならったんだ。」
私はジークからなかば奪い取るような形で肉を口に放り込む。
たりん。
「ジーク、めし。」
「今喰ったろうが。もうない。」
腹がぐるぐるとなる。この体格にそれだけの飯では飢えるわい。
この青い髪の神経質ですぐ禿げそうな男、ジークフリードは私の両親を殺したにっくき冒険者である。といっても生まれて間もなかった為、あまり両親に情はない。その為餌をくれるジークをどうこうしようとは思わない。むしろいなくなられると困る。
ジークは凄腕の冒険者だ。
私の母のホワイトドラゴンは、この極寒の寒さに耐え抜くため、全身を厚いうろこで覆われている。それ自体傷をつけることが困難。さらに言うとこの最北端の地にいる魔物は強い者ばかり。その中でも最強と言われているホワイトドラゴンを倒せる冒険者は数少ない。
「相変わらず仲が良さそうだね、二人とも。」
「アーク。」
このアークと言う金髪の優男は、ジークの相棒の冒険者だ。いつも二人でコンビを組んで旅をしてきたらしい。
「アーク、めし。」
「……ごめんね、もうごはんないんだ。」
ジーク達はホワイトドラゴンの鱗なんかを売って大金を手に入れたようだが、それもあっさり私の食費で飛んだ。これはジーク達も想定外だったようで、私があまりにも食べるものだから我が家の家計は切迫している。
「おまえは口を開けば飯の事しか言わないな……」
「腹減った………」
「うん、もうちょっと我慢してね。仕事してご飯持ってくるから。」
ジーク達は交代に街へ降りてクエストをこなしているらしい。我が家は火の車。需要に供給が追い付かない。こうして二人揃っているのは久しぶりの事だ。
「そうだな……ずっとおまえと言うのも言い辛いし、ここまで育てたんだからそろそろ名前位付けてやるか。」
「名前か……真っ白だからホワイトとかは?」
「安直。」
「では、雪の中で生まれたのだからスノーと言うのはどうだ?」
「二人ともネーミングセンスが同レベルだね。」
「そこまで言うならお前にはいい案でもあるのか!?」
む。それは考えていなかった。名前とは一生の物。あとで痛い思い出にならないような当たり障りのないものにしよう。
「ダークホワイトキンググレートスノードラゴンで。」
「長くなっただけだろ、お前も同レベルじゃないか。」
「まあいいや、ジーク、メシ。」
「さっき食べただろうが! おまえの頭の中はそれしかないのか!? もういい、お前の名前は今日からおおぐらいだ!!」
5年後。
「おおぐらい~~~~、ごはんだよ~~~~!!!!」
「は~~~~い」
ずしんずしんと地面が振動する。もはや地震。私もジーク二人分位は成長した。……が、他の竜に比べれば小さく、痩せてるんじゃないかな。最近、与えられる飯が日に日に減っていっている。
少ない肉を一口で食べきってしまう。
もうない。もうおしまい。お腹すいた。さすがにもう体力が持たない。だんだん衰弱していく私をジークもアークも心配している。必ずどちらかは私の傍についているようになった。こんなに辛いなら一人で雪原へ向かって魔物を取って来た方がいいんじゃないかとも思う。だけど、雪原の魔物は強いものしかおらず、実戦経験もなく、痩せこけた私が挑んだっていくらホワイトドラゴンであろうと返り討ちに合うのが目に見えている。
「あれ、ジークは?」
今度はアークが山を降りる番だからジークがご飯係になると思ったんだけど。
「ジークはね……ちょっとお客さんが来ててその相手をしてるんだ。」
なんだかアークの顔が暗い。
「こんなところにお客さんなんて珍しいね。遭難でもしたのかな?」
「いや、そういう訳じゃないよ。ちょっと仕事の関係でね……ねえ、それよりおおぐらい。最近あまり体調が良くない見たいだけど、大丈夫?」
「ん。ちょっと空腹でふらつくけどまだ大丈夫。それよりアークの方こそ顔色悪いよ。ちょっと働き過ぎなんじゃない? 私の事より自分の心配してよ。」
「おおぐらいは優しいね………」
「おい、アーク……おおぐらい……話が付いたぞ。」
ジークが小屋の方からこちらへ向かってくる。
「そっか………」
「……………。」
ジークもアークも暗い顔をして俯く。
「ねえ、ジーク、アーク、どうしたの、そんな暗い顔して。どっか痛いの? 大丈夫? 取りあえずさ、ここ寒いから二人は小屋に入って体あっためてよ。なんなら私が二人を乗せて医者のいるところまで飛んでいくよ?」
「はは、ははは………っ」
ジークが無理して笑っている。どうしたの? どうしてそんな顔するの? やだよ、ジークもアークも元気ないなんて。
「いいか、おおぐらい! 聞いて驚け! 実は今日はさっき来た商人から大量に食事を仕入れたんだ。しかも、お前の腹が膨れる程のな!!」
「!!!!!???」
「今日はパーティーだ! 俺達も飲むぞ!! 派手にやろう!」
やったーーーーー!!!
その晩、小屋の中でどんちゃん騒ぎが始まった。私は手一杯に生肉を抱え、涙を流して貪る。こんなお腹一杯食べられる日が来るなんて思いもしなかった。幸せだ。ジークもアークもいろんな種類のお酒を用意して飲み比べている。
「ねえねえ、ジーク、アーク! 私ね、ずっと考えてたことがあるんだ。二人は凄腕の冒険者なんでしょ、これからは私とジークとアークの三人でコンビ組んでいろんなところ旅しようよ。これでも私ブリザードブレス吐けるようになったんだから戦力になるよ!」
「馬鹿、お前がその前に討伐されるわ。」
「そうだねぇ……まず冒険者ギルドに入れないよ。」
「う~ん……もうちょっと痩せればいいのかなぁ?」
「そういう問題じゃない!」
はははと皆で笑い合い、楽しい夜を過ごした。
―――そして翌朝、私は売られていった。
わかっていた事だった。ずっと、ずっと、最初から、出会った時から、私は売られる為に飼われてたんだから。ジークもアークも私が何も知らないと思っていたみたいだけど、あの日話していた事を今でも覚えている。大きくなって、使えるようになった私を、お金に換える時が来たんだよね。それも希少種のホワイトドラゴンだ。竜は狩るのも大変だが、運ぶのも大変だ。そんな中、調教され、人に危害を加えない竜なんて貴重だ。殺して素材を剥ぐのもよし、権威を誇示するために飼殺すのもよし、戦争の道具として使うのもよし。それは購入したものの自由。母竜など比較にならない程の大金が入っただろう。
二人には恩がある。
今まで育ててくれた恩が。
そんな状況にしたのも彼らなのだが、私は彼等を恨んでなんかいない。
彼等と過ごした7年間があるからだ。
もう、彼等は家族同然なのだ。
恨みたくなんかない!!
だから………お願いだから、そんな悲しそうな顔で涙を拭わないでよ……
膝をついて嗚呼を漏らさないでよ……
どうして売ったのって………恨みたくなっちゃうじゃない……
◇
それから私は私を買った商人からとある有力貴族へと献上された。
私は騎士団の竜騎士として育てられることになった。殺して鱗を剥ぎ取られなかった分、悪くはない待遇なのだと思う。それにここではお腹一杯ご飯が食べられる。私以外にも種族の違う下級竜が何匹かいるがコミュニケーションを取ったことはない。私が意図して避けているせいだ。彼等も私には近寄らない。
私の主人となったのはアルベルトと言う騎士団でも位の高い男だ。銀髪で端正な顔、引き締まった筋肉。私の目から見てもアルベルトはいわゆるイケメンと言う奴なのだと思う。
だが、どうだっていい。
私はアルベルトに対して一言も発さない。だからアルベルトも私が話せないと思っている。
喋りはしないがアルベルトの命令には従っている。彼を乗せて空は飛ぶし、言われた通りの訓練もこなしている。だから一応彼らの言葉は通じるのだと思っている。
従順で扱いやすい竜。それが周りからの私の評価だった。
「やあ、白竜。今日も君は美しいね。」
「………。」
「ホワイトドラゴンと言うのは皆、君の様に大人しい者なのかい? 調べて見たけど何分目撃情報すら少なくてね……もっと私は君の事が知りたいんだ。」
「……。」
「そうだ、今度二人で水辺へ遠乗りでも行かないかい? 許可は取っておくからさ。」
「……。」
アルベルトは何も反応を示さない私に毎日飽きずに話しかけてくる。
だけど私は何も言わない。
言いたくない。
係わりたくない。
「白竜……。つれないな、なかなか君は私に心を開いてくれない。どうすれば私の事を少しは信用してくれるんだい?」
……信用? 何を言うのだろうか。そんな事永遠に不可能だ。私は誰も信じない。相手がアルベルトじゃなかったとしても同じことだ。
私はアルベルトを無視して竜舎で丸まって目を閉じる。
こういう時は寝たふりに限る。
「お昼寝かい、白竜。じゃあ、僕もここで眠ろうかな。」
なっ。あんたみたいなお貴族様がこんな汚いところで横になるだなんて本気か?
アルベルトは気に留める事も無く、土だらけの床に横たえる。そうして私と背を合わせるようにして眠った。
彼はとても変わった人間だ。
次の日もアルベルトは私の所へやってくる。
そして何も答えない私に対して一方的に他愛もない話をしては、去っていく。毎日、欠かすことなく、毎日………
それからしばらくして演習が行われた。模擬実践のようなことをするらしく、実際に竜騎士同士でぶつかって争う。大抵は下級竜しかいないのだが、たまに中級竜も数匹はいる。下級竜たちはそんな竜たちを恐れ、ぶつからないようにとびくびくしている。
私と言えば…………
「すごい! なんて回避力だ!!」
飛んでくる竜たちのブレスを素早くかわし、爪攻撃も噛みつきもなんなくかわす。下級竜の攻撃をかわすなどそう難しくない。
だが…………
「白竜! ブレスを!」
「……。」
「白竜! 今のすきに体当たりを!」
「……。」
「……白竜!! 何故攻撃しない!!?」
私の背でアルベルトが声を荒げる。大事な模擬戦。戦場を想定した訓練。私の実力を見る機会。それ次第で戦略が立てられる。だというのに私は少しも攻撃に転じない。ただ、避けるだけ。アルベルトはきっと私にやる気がないと思っているだろう。だが違う。初めから攻撃をする気がなかったのだ。
「アルベルト……お前の竜は駄目だ。戦場で使えない。攻撃をしない竜なんて戦場では何の意味もない。珍しいホワイトドラゴンだ……そいつに乗るのは行事の時にしよう。大人しいこいつにはそう言った使い方の方があっているのかもしれん。」
「しかし! 私は白竜以外の竜に乗る気はありませんよ!!」
「アルベルト! お前は騎士だ! この国を、国民を守る義務がある!! ならば戦えない竜より、より戦力となる竜を使わなければならない事位わかるだろう!!」
「……っ!!!」
彼の上官がアルベルトを叱責している。まもなく私はアルベルトの竜から外され、ただ飯ぐらいの見世物竜になるだろう。
同じ竜舎にいる下級竜でさえ私を見下した侮蔑の眼差しを向けてくる。
……別にどうだっていい。
アルベルトとは出来るだけ係らないようにしていたし、言葉も交わした事は無い。彼だって私にはなんの思い入れもないだろう。こんな竜、さっさと捨てて新しいのに乗り換えればいい。そうすれば私は………色んなものを諦められる。
「私の竜はあなただけですよ。」
私の予想は裏切られた。
アルベルトはあれだけ上官にきつい言葉をくらっておきながら役立たずの私を選んだ。
ばかな。
私は例え戦場に出ようと攻撃をするつもりはない。ただ避けるだけだ。最低限自分の命が護れればいい。
こんな臆病で、愚かしい私が、戦場に出るなんて無理だ。ずっと与えられたものだけで生きて来た。
そんな私が、誰かの、しかも前世の自分と同じ人間を、今世の自分と同じ竜を、“殺す”なんてことが出来るはずもない。そんな勇気も、覚悟もない。
弱いのだ、私は。
ホワイトドラゴンが弱いのではない。
心が――――――誰も信じられぬ程に、弱いのだ。
それから数年後、運命の時はやって来てしまう。
―――戦争が始まったのだ。
我が国の竜騎士隊は遊撃部隊に配備され、本体が敵に当たっているところに奇襲をかけるのが役目だ。
アルベルトは最後まで上司に竜を変えるように言われたが、断固として聞き入れなかった。上司は危惧していたのだ。己の保身ばかり考える私のせいでアルベルトが危険に晒されることを、あるいは私が戦場で逃亡し、アルベルトがその罪に問われることを。
私の心は何も期待しないし、何も信じない。心は静寂を通り越し、ダウナー状態だ。
「白竜、初陣だ。肩の力を抜いて、まずはいつもどうりに行こう。」
肩の力は抜けているとも。無気力な程に。
遠くで大きな轟音が聴こえる。戦いが始まったのだろう。我ら竜騎士隊も移動を開始する。
そして奇襲作戦が始まる。
―――だが、それは失敗に終わった。
敵にこちらの手の内がばれていたのだ。奇襲する前に逆に敵の竜騎士隊に奇襲をかけられる。隊の半数は敵のブレスで絶命し、残った竜騎士も散り散りになった。私もその内の一匹。
暗い森の中をアルベルトと二人で身をかがめて逃げ隠れる。飛び立てばそれだけで的にされるだろう。ホワイトドラゴンは陸上を走り回る為のドラゴンではない。身も決して軽くはないから足音がしない様に気をつけると自然と速度は遅くなる。そもそも合流場所は決まっていない。
アルベルトはなんとか私に乗って戦場に戻りたいと考えているようだ。
私も元は人間。他の兵士が戦っている中、自分だけが逃げるなど許されないことは察している。人とは面倒だ。戦いとはただ生きるためにするものではないらしい。
仲間の竜騎士が空を飛ぶのが見えた。それもあっさり撃ち落される。撃たれた方角から、相手は近くにいることが分かる。
竜の上に乗っていた騎士が地面へと落ちていく。あれは……アルベルトの上司だった男ではないか? 何故無謀な事を……いや、竜が混乱して勝手に飛び上がってしまったのかもしれない。
「隊長!」
アルベルトの叫び声でハッとする。落下している上司の下へと走っていく。ダメだ。罠だアルベルト。敵はわざと竜だけ狙ったんだ。助けようと駆けつけた相手を殺すために―――
慌ててアルベルトを追いかけるが間に合わなかった。待ち構えていた。騎士の剣を受けてしまう。
アルベルトが呻き声を上げて地面に転げる。
辺りは竜騎士に取り囲まれていた。彼の上官はすでに止めを刺されている。
竜が飛び立ったのは地上に逃げ場がなかったからだ。
勝ち目などなかった。
だが、逃げることも許されない。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
私は咆哮を上げる。上位種の咆哮に竜たちはたじろぐ。
アルベルトは動かない。気を失っている。顔色も悪い。
頭の中に泣き、嗚呼をもらすジークとアークの最後の姿が脳裏に映る。去るな。置いて行くな。
「アルベルト。」
「アルベルト!!」
名を呼ぶ。一度も言葉を介した事のない青年の名を呼び続ける。このままでは彼は死んでしまうだろう。私一人なら生き延びるのは簡単だ。だが、それでどうする。生き延びたとして、私はどこに行けばいい? 帰る場所なんてどこにもないじゃないか。北山の小屋へ行ったってもうジークもアークもいないだろう。一生遊んで暮らせるだけの大金を手に入れた彼等は今頃自由な生活に戻っているはずだ。だからといって生まれた雪原に行っても誰も居やしない。両親はとっくにこの世から去っている。
私にはどこにも居場所なんてない。
敵の竜のブレス攻撃が飛んでくる。私を警戒したのか接近してこない。
私はとっさにアルベルトに覆いかぶさり、攻撃をこの身に受ける。
ちりちりとした痛みと衝撃が走るが、この程度の攻撃、耐えられない事も無い。
何度も何度もブレスが吐き出される。その度に鱗は一枚、一枚と剥がれていく。
私はホワイトドラゴンだ。強靭な鱗を持ち、北の雪原に君臨する強者。
なめるなよ。
お前達など私のブレスひとつでこの世から消し去ることなど容易だ!!
私は息を吸い込む。
ずっと、生まれてから一度も必死になった事などなかった。努力知らずの怠け者。それは偏に何にも執着を抱きたくなかったからだ。必死になればそれだけ失い難くなる。大切なものが出来てしまえば離れられなくなる。執着する。傷つきたくなかった。拒絶されて、裏切られて、捨てられて、それでも平気でいるなんて私には無理だ。心が引き裂かれそうで、今すぐにでもこの世から消えたいと何度願ったかわからない。だから、出来るだけ、上手に諦められるように、そんな方法ばかり求めて……私はアルベルトを傷付けた。
アルベルトは私を信じてくれていた。
何度も私に接しようとしてくれるアルベルトを無碍にし、自分が傷つきたくないばかりに彼に酷い態度を取った。
それでもアルベルトは諦めずに私に会いに来た。
初めて会った日の事、覚えているよ。
落ち込んで涙すら出ない私に自分が大事にすると、裏切らないと、そう言って抱きしめてくれたね。
しばらく食事も喉を通らず臥せっていた私に何が食べられるのかと日に何度も様子を見に来ては竜に対して料理までしてみてさ……。まずかったけど、その気持ちがどこかくすぐったかった。
私と初めて訓練をした日、私のおかげで初めて空から見る景色が美しい事を知ったと何度もありがとうと私に礼を言ったね。背に乗せるだけでそんなに喜ぶなんて変な人だと思ったよ。
暖かくなってくると雪原で生まれた私は熱中症でへばっちゃったよね。そうしたらあなたが大量の氷とうちわを持って来て、私を仰ぎ始めるんだから周りの人も竜もあなたの奇行にびっくりしてたね。私もびっくりしたよ。竜はただの戦いの道具でしかないのに、貴族のあなたがそんなことするなんてね。言わなかったけど周りの竜が羨ましそうにしていたのに鼻が高かったんだよ。
冬になると私が夜眠れなくてなんども空を見上げていたらあなたが毛布を持って来て竜舎で一緒に寝だした時は何事かと思ったよ。驚きすぎてジークとアークに捨てられた日の事、思い出して眠れなくなることが無くなった。
気が付いたら、いつもあなたの事ばかり考えていた。他の事を考える余裕がない位、アルベルトで一杯だったよ。
もう、私の世界にアルベルトがいないなんて無理なんだ。
アルベルトのせいなんだよ?
何度も、何度も、閉ざそうとした心にずかずかと入って来るから。
アルベルト、アルベルト。
ごめんね、信じてあげられなくて。勇気が無くて。
話せばよかった。
もっと、もっと早く。時間はたくさんあったのに。
君が望んでくれたのに。
―――ねえ、アルベルト。私ね、ずっと寂しかったんだ。孤独で平気なふりしてたけど。だからあなたが話しかけてくれるのが本当は毎日楽しみで、嬉しかったんだ………
ホワイトドラゴンの口から放たれた特大のブリザードブレスが辺り一面を凍りつくす。
そのあまりの威力に戦場は混乱し、一時休戦状態になった。
突然に作られた氷原の中、生き残っている者はいなかった。
…………ただ一人を除いて。
◇
戦場が落ち着き、死んだホワイトドラゴンの下から奇跡的にアルベルトは発見された。
多くの戦力を失った両国は休戦協定を結ぶ。
といってもそれは一時的なもので今後どうなるかわからない。
その後、アルベルトの国では主人を命がけで守ったホワイトドラゴン伝説と言うものが流行り、長く語り継がれていった。
◇
目が覚めると、私は暗くて狭いところにいた。動きの鈍い身体をじたばたとさせ、ここから逃れようとする。
すると空間にひびが入り、視界一面に白が入ってくる。
雪だ。
私の生まれた雪原。
―――私は新たにホワイトドラゴンとして生まれ変わっていた。
なんでだよ!
……そうか、一度転生したんだからもう一回っていうのがあってもおかしくはないか。いや、おかしいだろ。なんでまたホワイトドラゴン? もうやだよ人間に見つかったりするの。狩られるの売られるのもごめんだ!
今世は静かに生きるのだ。
ホワイトドラゴンとしてここでサバイバル生活に興じ、強くなるのだ! それがドラゴンらしい。うんうん。本当にもう絶対に人間とはかかわらん!!
しかしそんな決意も虚しく、国は次回の戦いに向けて士気向上と高い戦闘力を得る為、再びホワイトドラゴンを手に入れようとした。
数年後、北へホワイトドラゴン捕縛隊が編成される。
その中に失意の青年がいた。
自分の想像していたよりもずっと情の深いドラゴンを思い、これ以上人の戦いに巻き込むべきではないと考えていた。それにあれ程の力を持つドラゴンを人の手でどうにかできるとは思えなかった。
だと言うのにこの隊に参加したのは彼の愛竜、ホワイトドラゴンの出生地をこの目で見てみたいと思ったからだ。彼女がどんな地で生まれ、どんなふうに育ったのか。ひとり残された彼にはそれしか縋る物が無かった。
雪原を歩く、歩く。
ブリザードで先が見えない。一面真っ白で本当に生き物が生きているのかさえ疑わしい。そもそも彼女は希少種。そうそうお目にかかれるものではない。自分の竜となったことは奇跡だったと思える。
ひときわ大きなブリザードが隊を襲った。あまりの衝撃に人が宙を舞う。隊長はすぐさま撤退を呼びかけるが一人、それに応じないものがいる。
再び吹き上げたブリザードで青年の姿が見えなくなり、隊は青年の生存を諦め、撤退を始める。
青年は生きていた。だが、命知らずだ。
突然吹き荒れた異常なブリザード。その発生源を求めて走り出す。雪原に足を取られて何度も転びながら、冷気の増す危険な場所へ足を進める。近付けば近付くほど冷気で頬が切り裂かれるような痛みが走る。
ようやくブリザードを抜けると、まっしろな雪原の中にまっしろな何かがいる。
その何かはこちらに気付くと、驚きに目を見開いた後、大きな口を開け、
「アルベルト?」
青年の名を呼んだ。