09
「……朝ごはん食べてないなら、前の日の夜ごはんは最後の晩餐ですね」
ぼくはよくわからない事を言って動揺をごまかした。
今、みことくんはさらっとおかしなことを言わなかっただろうか。ぼくは少し考える時間を稼ぎたかったのだと思うけど、不本意にも、彼はぼくの言葉がとても気に入ったようだった。
「最後の晩餐! あはは、物は言いようだね、ちょっと素敵じゃないか。僕も単純だなあ、空腹のまま最期を迎えたのも悪くないと思えてきたよ」
完璧には覚えてないけれど、彼は確かそんなことを言ったと思う。この言葉を聞いて、彼の言う「さいご」は「最後」より「最期」の方が正しいのだと、ぼくは確信した。
そして、包み紙を剥いて今にも口に入れるところだったガムを、丁寧に包み直してポケットに入れた。
「食べないの?」
「ごめんなさい。ぼくミント味って苦手で」
嘘じゃなかった、けれど、言うのが遅すぎた。
みことくんは怪訝な顔になって口をつぐんだ。当然だと思う、意味がわからなかっただろう。
「本当は?」
みことくんはそうぼくに尋ねた。
ぼくは歯切れ悪く「怒らないでくださいね……」と前置きをして、正直なことを言った。
「死者から貰った食べ物を口にすると、帰れなくなるって聞いたことがあるので」
みことくんが死んでるなんて思わなかったんですとぼくが言うと、みことくんは「さつきくんが生きてるなんて思わなかったよ」とぼくの真似をした。
みことくんは笑っていた。
「きみ、死んでないの」
「ぼくの覚えてる限りでは……」
「へえ、そう。そうかあ。羨ましいな、覚えてないなら死んでないと思うよ。僕はしっかり覚えてるからね。……電車に轢かれて、身体がぐちゃぐちゃになるあの時の感覚を」
ぼくが死んでいない。
そのこと、あるいは「彼自身の死について」で何かのスイッチが入ったらしいみことくんは、さっきまでとは比べ物にならないくらい饒舌になってペラペラと話し始めた。みことくんは饒舌で、そのうえ話し上手だった。
聞くに、どうやら彼は駅のホームから転落して轢死したらしかった。
彼のグロテスクな独白にぼくは大袈裟に気持ち悪い、怖いといった顔をして、それは本当に気持ち悪くて怖かったのを隠すためだったのだけど、とにかくみことくんが気分良く話せるように一生懸命だった。みことくんはどうやらぼくが心底引いた顔をするのが楽しいようだったから。
こんな話をしていたら他の乗客達が、きっと生きていないであろう他の乗客達が怒り狂って襲ったりしてこないだろうかとひやひやしたが、満員電車の中で感情を露わにしているのはぼくとみことくんだけのようだった。やがて電車は駅に着いた。
波打つようにたくさんの人が降りて、少しだけ人が乗ってきた。次の駅に着くと、何人かの人が降りた。代わりにどっと人が雪崩れこんできた。その次の駅ではちょうど同じくらいの人が降りて乗った。
そんな事を繰り返して何駅も過ぎて、車内が座席にぽつぽつと数人残る程度になったころ、延々と喋っていたみことくんは不意に「あ、そうだ」と自らの話を切った。