07
「みことくん!」
この後に及んでもぼくはまだホームに降りたくなかった、けど、流石に電車を飛び出した。
膝を地面についた状態で痙攣する彼の身体を抱きしめるように支える。みことくんの身体がびくびく跳ねるのを押さえながら、魚みたいだと心のどこかで思った。
みことくんの目は見開いていて、虚ろだった。
「みことくん、しっかりして!」
ぼくは彼の肩を一生懸命揺さぶった。
触らなくても揺れているのに揺らす必要があったのかと今では思うが、当時のぼくは「しっかりして」と叫ぶ時には身体を揺らすものだと思い込んでいたのだ。
全く反応しないみことくんを抱きとめながら、電車に戻らなきゃ、とぼくは思った。やっぱり、きっと、降りちゃいけなかったんだ。ぼくの直感は正しかったんだ。早くみことくんを電車に乗せなくちゃ。
そう考えて電車のほうを向いた瞬間、思わず「ひっ」と声が漏れた。
さっきまでぼくとみことくんしか乗っていなかった電車は満員になっていた。
サラリーマン、女子高生、学ランを着た中学生、おばさん、手を繋いだお母さんと子供、ベビーカーの上の赤ちゃん、お姉さん、おじいさん、おばあさん。電車はありとあらゆる人たちで満員になっていた。その満員電車の乗客の全てが、無表情でじいっとぼくを見ていた。
ぼくはみことくんを抱きしめる腕に力を入れた。守ろうとしたのか怖くなって縋り付いたのかは覚えていない。
いつの間にかぐったりと動かなくなっているみことくんを一生懸命抱えて、ぼくは電車のドアへ近づいていった。
「あの」
おびただしい数の視線を感じながら、ぼくは俯いて呟いた。電車とホームの間の隙間ギリギリまで無数の靴と足が迫っていた。
「彼、具合が、悪いんです。乗せてください」
ぼそぼそと呟くと、靴は二、三歩後ろに下がった。恐る恐る顔を上げると、座席の一番端が一席だけ空いていた。頭を下げてなんとかそこにみことくんを座らせる。
みことくんは人形みたいな顔をしていた。
ぼくは彼の前に立ちながら、ふとホームに視線をやった。みことくんが落としたままのはずの受話器が見当たらなくて、後で発車した時に目で追ったらきちんと受話器受けに収まっていた。
——そう。発車。この時ばかりは本当に発車までの時間が憎くてたまらなかった。いつまで経ってもドアが閉まらない電車が動かない電車が走らない。背後から隣からあらゆる人の視線を感じながら、早く動け、動け、動け、動け、動けと機械のように念じて祈っていた。
やがてドアは閉まり、電車は発車してホームは流れていく。何故か受話器の戻っている公衆電話も流れていった。
ぼくは遠ざかるホームに安心したのだけど、今度は、早く次の駅につけと呪うことになる。
地下鉄の線路は真っ暗で、少しでも視線を上げると、窓の反射越しに乗客たちと目が合ってしまうから。




