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06



 電車は田舎を抜けてまた地下鉄になった。黒い影がまた乗ってくるんじゃないかと怖くなったけれど、そんなことはなくて、特になんのアナウンスもなく電車は停車し、ドアが開いた。ホームには誰もいなかった。

 ホームはみことくんが座っている側だったから、ぼくは立ち上がってドアに向かった。

 ホームに降りずに顔だけ出して電話を探していたら、「あった?」と声をかけられた。


「ありません」

「まあ、あんまり駅のホームに公衆電話ってないよね」

「そうなんですか」


 じゃああのしおりは駅員さんに助けを求めること前提だったのか。ぼくはがっかりしてあたりを見回した。構内図の陰に自動販売機の横に椅子の向こうに、あの手足の長い枯れ枝みたいな影がいるんじゃないかとびくびくしていた。

 ぼくは電車から降りられなかった。まるで、断崖絶壁のスレスレに立ってるみたいに。


「あ、そんな事なかった」


 みことくんは窓からホームを見ていた。


「あったよ。公衆電話」

「どこですか」

「自販機の横」


 手すりを握ったまま身を乗り出して自動販売機のほうを見たけれど、見えない。もっと自動販売機に近い隣のドアに移動して見てみると、確かに公衆電話っぽいものが確認できた。

 ぽい、というのは、ぼくが当時よく見慣れていた緑色のものではなく、くすんだ深緑色というか、はっきり言うと排水口のヘドロのような印象を受けてしまったからだ。

 ぼくが開いたドアの前でそわそわしていたからだろう、みことくんは「見てきてあげよう」と言ってホームに降りた。ぼくにとっては何故か奈落の底のように思えて踏み出せなかった駅のホームも、みことくんにとってはただのコンクリートなようだった。

 そんな当たり前のことを目の当たりにして少し安心して、それでも彼を追いかけることはしなかったぼくは、黙ってみことくんを見守っていた。


 みことくんはホームを歩いて公衆電話のほうへ行き、一度ぐるりと回って自動販売機の裏(おそらくあっち側にはあっち側で向こう向きの自動販売機があったんじゃないかと思う)を覗いて、それから公衆電話の前に立った。

 受話器を取ってボタンを押す。小銭を入れる仕草は見えなかったから、警察にかけたのだろうか。


 ——警察が来たら先生も親も怒るだろうな。でも、ここから先生と合流するよりいっそパトカーで送ってもらえたほうが楽かもしれない。


 確かそんなようなことを考えながらみことくんを見ていた。すると、みことくんの動きが受話器を持ったままぴたりと止まった。暫く見ていても瞬きもせずにピクリとも動かないものだから、ぼくは自分の目がおかしくなったのかと思って、目を擦ろうと腕を少し上げたそのとき、みことくんの身体が揺れた。

 最初はふざけて揺れてるのかと思った。けれど、明らかに様子がおかしい。

 最初は揺れながら肩や指先が時々大きく跳ねるくらいだったけれど、やがて全身がビクビクと痙攣し、身をよじって震え始めた。


 あんな奇妙な動きは見たことがなくて、正直……気持ち悪いと思った。

 人間じゃないみたいに見えた。

 そんなみことくんの手から受話器がずり落ちカァンと床を打った瞬間、ぼくは我に返った。


 彼の身体は今にもホームに倒れこみそうだった。



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