04
ぼくは今度はホームではなくてホームの外に何があるかを見た。ひたすら田んぼと山が見えるだけで、その向こうには青空が広がっている。
田んぼがあるなら民家もあるはず、そう思って出口——改札機のない出ようと思えば簡単に出られる無人改札に寄っていったのだけど、本当に田んぼと山以外何も見えなかった。
どこからか遠く、太鼓の音が聞こえた。
「出るの?」
後ろを振り返ると、まだお兄さんがこちらを見ていた。
「大丈夫、無賃乗車だなんてバレないよ。通報しようにも電話がないんだから。
あ、電話はあるけど電波がないんだっけ?」
しれっとぼくのことを馬鹿にしながらお兄さんは続ける。
「ただ、こんな駅だから次の電車がいつ来るか分かんないけどね」
お兄さんの言う通りだ、とぼくは思った。家も見えない人もいない電話もない。こんな駅に取り残されては困ってしまう。もしもこのまま日が暮れて真っ暗になって、それなのに誰も来なかったら。想像するだけで心細くて心臓がきゅっとなった。
それでもなんとなく彼の言う通りにするのが癪で、ぼくはお兄さんから少し目を逸らして考えて、もう一度振り返ってホームの外を見ようとした。
けれど、ぼくは、もう振り返れなかった。
急に、息を吹きかけられたように首のあたりがぞわっとして、怖くて怖くて仕方なくなって。
どうして突然そんなものを感じたのは未だによく分からない。けれど、肌が粟立って肩が震えて、「振り返っちゃだめだ」と無意識的に考えていた。
遠かった太鼓の音がだんだんぼくに近づいてきてる気がした。
ぼくは、下を向いて早歩きで電車に乗った。走ればよかったのにとは思うのだけど、その時は何故かうまく足が回らなかったと記憶している。
両足が車内の床をきちんと踏みしめた途端、どっと力が抜けて、怖かった、と心底思った。
「いい判断だ」
お兄さんがにっこり笑ってぼくに言い、窓を閉めた。続いてドアも閉まる。
電車はぼくを待っていたようにすぐに発車した。
お兄さんはそのまま座席に座り、くつろいだように背もたれに体重を預けて携帯を開く。
ぽちぽちと何かを打っている様子を立ったまま眺めて、少し考えてからぼくは言った。
「どうもありがとう。車掌さん」
お兄さんは顔を上げる。
彼は制服を着ていた。黒に近い紺色のブレザー、黒いスラックスと白いシャツ、それからブルー系のチェックのネクタイ。その姿を、幼かったぼくは車掌の制服と勘違いした————のではない。
今でもはっきりと覚えている。あれは、どこか偉そうな彼へのイヤミだったのだ。
しかしお兄さんにはそれが伝わらなかったらしく、むしろ上機嫌で座席に座り直した。満足そうににこにこと笑いながら言う、「僕は車掌じゃないよ、ただの乗客だよ。きみと一緒」と。それから、こうも言った。
「僕の名前はみことっていうんだ。君は、旅は道連れ世は情けって言葉を知ってる?」