03
ぷしゅう……と音を立てて電車のドアが開くと、ぼくは慌ててホームに飛び出した。
公衆電話よりも先に駅名を探したのは我ながら賢明だったのではないかと思う。自分がどこにいるのか分からなくては、助けも呼べない。
けれど狭いホームをいくら走り回っても、駅名を示す看板も、案内板も路線図も時刻表も、あればいいと思っていたものが何もなかった。そして、公衆電話も。
あまりお金はなかったから駅の外には出られないと思った。ならばせめて駅員さんに事情を説明して電話を借りよう。しかし話しかけるべき駅員さんがいない。
人がいない。
ぼくは、生まれて初めて無人駅に降り立ったのだった。
「ねえ」
後ろのほうから声を掛けられ、ぼくは振り返った。
電車の窓を開けて、そこに頬杖をつきながら知らないお兄さんがこっちを見ていた。
「何してるの?」
「ここは何駅ですか?」
お兄さんの発言に被せるように、勿論そんなつもりはなくて焦っていただけだったのだけど、ぼくはお兄さんに聞いた。「あと電話どこにありますか」とも。
お兄さんはあからさまに嫌な顔をした。
「……電話なら僕が持ってるよ」
「貸してください!」
「どうぞ?」
お兄さんは電車の窓から折りたたまれた携帯を傾けてみせる。ぼくは半ばひったくるようにしてそれを受け取った。
けれど、携帯の画面左上の表示は圏外だった。
「……そんな」
差し出された手を掴む直前でひゅっと引っ込められた気分だった。
ぼくは恨みのこもった目でお兄さんを見た。
「圏外じゃ意味ないじゃないじゃないですか!」
今思えば失礼な話だ、完全に逆ギレだ。ぼくはお兄さんに携帯を開いたまま突き返して彼を睨んだ。
お兄さんはそれを受け取ると、わざとらしい溜め息の後にぼくを見て嗤った。
「最初に質問したのは僕で、それを無視したのは君だよ。君が電波を探してると知ってたら、圏外の携帯なんて渡さなかったのにね?」
「ぼくが探してたのは携帯じゃなくて電話ですよ。考えればわかるでしょ」
「どうして僕がそこまで考えてあげなくちゃならないの? 人から物を借りておいて図々しい子だなあ。
もしかして友達に置いていかれたの?」
その一言はぼくの心を深くえぐった。
アイスをコーンに乗せるために丸くすくうあの道具で、心臓の半分くらいをぐりっとくり抜かれた気分だった。
憐れむような、わざとらしく作られた優しい声がすごく意地悪に聞こえたのを覚えている。ぼくはみんなに嫌われていて、だから一人置いてかれてしまったのだろうか。
そう考えるとものすごく息苦しくなった。
「で。どうするの」
お兄さんはもう一度車窓の縁に頬杖をついてぼくに聞いた。ものすごく馬鹿にしたような声色だったと記憶しているけれど、改めて考えるとそうでもなかったかもしれない。今となってはもうわからないけれど。
お兄さんを無視して、ぼくはもう一度ホームを見渡した。