16
みことくん、どの駅で降りるの。
今更そんなことを聞ける雰囲気ではなかったし、思いつめた顔をする彼にかける言葉も見つからなかった。
だって焦るみことくんに追い打ちをかけたのは他でもないぼくだったから。
みことくんは黙って、動かず、目線だけは外の景色を追っているようだった。その表情は悲しそうとも怒ってるともつかない、言うなれば「悲痛」な顔だった。
いたたまれない。
とぼくは思った。
さっきの言葉はぼくにとっては本当にするりと出たもので悪気はなかったのだけど、そんな言い訳では自分をなだめられないほどみことくんの様子は可哀想だったし、ぼく自身もひどく後悔していた。
なんであんなこと言っちゃったんだろう、しかも無意識に、なんのためらいも違和感もなく。
ぼくは流れていく摩天楼をぼんやり目でと追いながら考えていた。気にしないで、変なこと言ってごめんね。そう謝ればすむのかな。と。
踏み切りはいくつめが重要なのかわからないまま、幾つかの駅に停車した。よっつめまでの踏切たちのあいだに駅はなかったからすごく不安だったけど、みことくんは何も言わずに座ったままだった。
不意に彼と目があった。目をそらすべきか否かが一瞬で脳内に渦巻き、とっさにぼくはズボンに爪を立てた。
ぼくが何か言うより早く、みことくんが自嘲気味に口を開いた。
「……そんな顔しないで。さつきくんは気にしなくていいんだよ」
「でも」
「いいんだ」
いいんだ、と彼は繰り返した。
ぼくは視線を自分のつま先に落とした。気まずい沈黙の後、先に、みことくんがふうっと肩の力を抜いた。
長いため息のあと背もたれに体重をかけて、疲れたような柔らかいような、複雑な顔で微笑んで言った。
「ねえ……あのさ。そんなに思い詰めちゃうくらいなら、少し話を聞いてくれないかな。あまり楽しい話はできないと思うけど」
そう切り出された彼の話は、自身の今際の刻みのことだった。
思えばみことくんは、轢死する瞬間のグロテスクな話は散々ぼくに聞かせていたけれど、それに至った話はあまりしていなかったような気がする。
あんなに話上手だったのが嘘のように、みことくんはひとつひとつ言葉を選びながら、詰まらせながら、ゆっくりと『そのとき』のことを話してくれた。
——高校生になって一ヶ月と少しがたった五月の朝。通学中だったみことくんは駅のホームから誰かにつきとばされて線路に転落し、駅を通過するはずだった急行に轢かれて死んだらしい。
僕を突き飛ばした人に悪意があったかどうかはわからない、と彼は言った。
事故かそうでないか。そんなことはどうでもいいんだ、だって結果として僕は死んでしまったんだから。そんなことも言っていた。
線路に落ちたとき、彼はまだ意識があったそうだ。ぶつけた体をかばいながら起き上がって、線路の上にいることに気づいて、顔をあげたらまさに電車が迫ってきているところで。
轢かれる。
そう気づきはしたけど理解するには時間が足りなかった。避けようだなんて考える暇はなかった。
それなのに、これからこの電車に轢かれるのだと、死ぬのだと、わかってしまった。
「いっそさっさと轢き殺してくれればよかったんだ。
あの一瞬の絶望に何の意味があった? どうせ、一秒もせずに僕は死ぬのに。
あんな気持ち味わいたくなかった。あんな絶望、知りたくもなかった……」
そう言ってみことくんは嗚咽交じりに頭を抱えた。