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 寝起きのみことくんはひどく狼狽していた。最初は眠そうにぼうっとして、目をこすったりぱちぱちまばたきをしたりしていたのだけど、急にビクッと震えてあたりを見回し窓にへばりついた。

 その後立ち上がって慌てたようにその場でうろうろして、それから今度はドアに両手をついて外を見た。

 ぼくの背中側の窓を見て、向こうのドアを見て、窓の外を見て、また振り返って。そんなことを少し繰り返したあと、みことくんは死にそうな顔で——死んだ人にこんな表現をするのはおかしいだろうか——ぼくの肩を乱暴に掴んだ。


「踏み切りはいくつ越えた?」

「え? ふ、ふみきり……」

「いくつ! 通り過ぎた!」


 みことくんはぼくに恨みでもあるような力でぼくを揺さぶった。鬼気迫る表情、とはあんな顔を言うのだと思う。

 ぼくはみことくんの剣幕に気圧されながら記憶をたどった。

 たずねられる口調が強いと、どうしても……自信がなくなってしまう。


「よっつ? だった……と思います、よ」

「よっつ? 本当に? 本当によっつしか越えてないんだね?」

「え……た、たぶん……」


 尻すぼみになるぼくの語尾に、みことくんは心底忌々しそうに舌打ちをすると「数もまともに数えられないのか」と呟いた。

 そのみことくんの言いように、ぼくはひどく衝撃を受けた。あっけに取られたと言ったほうが正しいかもしれない。みことくんがそんな物言いをするとは思ってもみなかったし、ぼくの見ていた「みことくん」は彼のほんの一面だけであり、そもそもぼくは彼と出会ったばかりだったということに気づいてしまったのもショックだった。


 思えばきっと、偶然の産物だったのだ。みことくんのぼくに対するあの優しさは。

 あるいは、彼の都合ゆえのものだったのかもしれない。なんらかの鬱憤を晴らすためにぼくに長い長い話をしていたとか、暇つぶしの相手として見ていたとか、……自分より馬鹿で弱い者を庇うことで安心したかっただとか。

 理由はいくらでも思いついた。

 ぼくが色々な憂鬱から目をそらすために彼の話を聞いていたように。暇つぶしの相手として見ていたように。自分よりどこか楽観的に見える彼を眺めて安心したかったように。


 友好的な感情がなかったわけではない。けれどぼくはそれがあまり透明度の高くない、不純物をたくさん孕んだものだと気づいてしまったのだった。

 そしてぼくは目を見開いたまま、つい、もしくは無意識に、こう答えてしまった。


「なんでぼくがそんなこと気にしなきゃいけないの……?」


 言いながらどこかで聞いたフレーズだと思って、すぐに思い出した。ぼくがみことくんと出会ってすぐに言われた言葉にそっくりだった。

 みことくんはぼくの返事に驚いたようで、目を丸く見開いてぼくを見た。それからすっと目をそらす。

 ぼくの肩から彼の手がするりと落ちた。


「……そうだ……そうだよね。さつきくんは悪くない。何も悪くないよ。だって、頼まなかったのは僕だ。説明しなかったのも僕だ。ごめんね。悪くないよ。さつきくんは悪くないんだ。こんなときに眠る僕が悪かったんだ。自業自得だ。僕の。こんなのは僕の、僕の……ただのやつあたりだ……」


 みことくんはふらふらと座席に戻ると、両手で額を覆って塞ぎ込んでしまった。

 しまった、とぼくは思った。こんなこと言うんじゃなかった、勝手に、口が勝手に。

 ぼくは腰を浮かすか浮かさないかくらいの体制で、みことくんのほうへ手を……伸ばしたか伸ばしてなかったか。もう、覚えていない。


「……みことくん」

「ああ、うん、大丈夫だよ。さつきくんは気にしなくていいからね。ごめんね。大丈夫だよ。僕は大丈夫だから」


 大丈夫、大丈夫、だいじょうぶ、とみことくんは何度も何度も繰り返した。

 その言葉は、多分……


 ……多分、ぼくのためのものではなかったのだと思う。



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