終話:後悔と生の価値
撃たれたツナ。薄れゆく意識。そこに奇跡が起こる・・・。
僕はゆっくりと倒れていった。仰向けに倒れるその瞬間がすごくスローモーションでなんだか気持ちよかった。長い時間をかけて僕は地面に倒れ込んだ。
「ツナ?ウソだろう・・・おい・・・」
「ツナ君・・・・・あ・・・あたしのために・・・・」
かすかに声が聞こえた。きっと由希さんと祐だ。
「くはははは!デブから死んだか!次は・・・・・」
恐らくヤクザが喋っていた最中だったんだろう。さっき僕が聞いた乾いた破裂音が響いた。
今度は誰が撃たれたんだろう。撃たれるのは僕だけでいいのに。
しばらくの沈黙の後に由希さんの声が聞こえた。
「パパ・・・・・どうしてここに・・・」
「すまんな由希。遅くなって・・・。」
津村組の組長でもある由希さんのお父さんが来てくれたんだ。撃たれたのはそのヤクザで撃ったのは駆けつけてきた由希さんのお父さんのようだった。由希さんははっとして僕のところに駆け寄ってきてくれた。
「ツナ君・・・・どうして・・・。練の事・・・ようやく吹っ切れたと思ったのに・・・・」
由希さんは涙を流してくれているようだった。けどその顔もぼやけてあまり見えなかった。
『いいんだよ・・・由希さんは幸せになっていかなきゃ・・・。僕も・・・きっと練もそれを望んでいるに違いないんだよ・・。』
そしてその後に祐の姿も僕のぼやけた視界に入ってきた。
「ツナ・・・死ぬなよお・・・・。死ぬんじゃねえよお!」
祐も泣いてくれてる・・・?でも由希さんと同じく顔がぼやけてもう見えなかった。
『いろいろ楽しかった・・・ありがとうね、・・祐・・・。由希さんのこと・・・守ってあげて・・。』
だんだん眠くなってきちゃった。どうやらお別れが近づいてるんだなって感じた。僕は最後の力を振り絞って由希さんの方に向き直った。
『由希さん・・・ドジな僕だけど最後に由希さんを守れてよかった・・・。僕、由希さんの事がずっと好きでした。だから・・・・僕には出来なかった由希さんの幸せ・・必ず・・・・・・』
どうやら最後まで伝えられそうになかった。僕の意識はまるでチョコレートみたいに溶けていった。
「バカッ!・・・・・なんで死んじゃうのよ!あたしが・・・・好きになってから死んじゃうなんて・・・・」
最後に聞こえたその言葉が何より嬉しかった。意識をなくす直前・・その瞬間だった。僕のすぐ横から一筋の光が立ち上ったんだ。その光の真ん中にいたのは・・・。
『ジャイブ・・・・・』
ジャイブの後ろに人影が映っていく・・・そして見覚えのあるその人は僕の消えかけた意識に語りかけてきた。
「ははは・・・・やったな、ツナ。おまえは最後の最後で本物の愛情を手に入れたんだ・・。由希を銃弾から守った姿、なかなかイケてたぜ!」
聞き覚えのある声だけど誰だか思い出せなかった。
『え・・・・誰?』
「おいおい!友達の声も忘れたか?・・・オレだよ!練だよ!」
亡くなったはずだった練。そうだ、この声は確かに練だ。
「な・・・・練?!」「うそだろ・・・・」
彼の声はみんなにも聞こえるようだった。由希さんも祐も由希さんのお父さんも驚きが隠せない様子だった。でも僕にはなんとなくわかってたんだ。ジャイブの口調や口癖は練と似てた。非現実的すぎて確証はなかったけどほんとただなんとなく。
「オレが死んだ時、ひとつの未練があった。おまえは性格悪いし顔も悪い、デブだしだらしないし・・・そんなおまえの結婚式に出るのがオレの楽しみだったんだよ。それがこの世への残留思念ってのか?そういう形で残ってオレの意識はこの猫に憑依させられたってわけだ。おまえが愛する人間と結ばれた瞬間にオレの意識はちゃんとあの世に行く・・・そういう取り決め付きだけどな!」
『僕は・・・キミが死んでよかったと思った事さえあったのに・・・・どうして?』
練がいなかったから由希さんと頻繁に会う機会があったのは事実だった。僕はきっと無意識的にでも練がいなくなったのを喜んでいたのかもしれないのに。
「簡単な事だ。オレらはダチじゃねえか!」
練はそんな僕の意思には驚きもせず笑いながらそう言ったんだ。
『練・・・・・』
そして練は二人にも語りかけ始めた。
「よお、祐!おまえの素行は相変わらずだったな〜・・・猫になってからも見てたぜ!今回の由希獲得合戦は見事におまえの負けだな〜!はっはっは〜!」
そう言われた祐は照れたように笑って言った。
「・・ははは・・・たしかにそうかもな・・・」
「でもな、ツナはこの通りダメなヤツだ!由希がいても多分こいつは人間的に変わらねえだろうさ、そん時はおまえが相談に乗ってやってくれよ!」
「ああ・・・約束するよ」
そう言うと練は由希さんに向き直った。
「由希〜!おまえはほんといい女だ!ツナみたいなブタにはもったいねえくらいだ!でも・・おまえが惚れたあいつは間違いじゃねえ・・。その気持ち大切に・・・幸せになるんだぞ!」
由希さんはまだ練がいる事が信じられない様子だった。
「練・・・ほんとに・・・・??ほんとに練なの・・・??」
「おっと!過去を振り返るのはナシだぜ!オレはもうここにいないんだ・・・残念だけどな。」
練はちょっと悲しそうに目を伏せた。
「あなたがいなくなって・・・・死にたかった・・・でも今は・・・」
由希さんの言葉を遮って練は言った。
「わかってる。おまえの心に想うそいつのためにもおまえはバカな事しちゃいけない。」
「でも・・・そのツナクンも・・・・」
「心配すんなよ・・・。ツナはオレが必ず救い出してやるから安心しな・・・・。」
由希さんのお父さんもその様子が信じられないようだった。
「練君・・・・君という男は・・・私はまるで幻を見ているようだ・・・」
そんな由希さんのお父さんに練は言った。
「久し振りだな〜・・おやっさんよ、これでいいだろう?あいつならあんたの娘さん・・きっと幸せになれるはずだぜ・・。」
「・・・・君が言うなら間違いないだろうな。私の娘のために・・・君にはすまないことをした。そして今度は綱渡君まで・・・」
「へっ!ガラじゃねーぜ・・。安心しな!そのブタはしっかりたたき起こしてやるよ・・」
そして練は両腕を広げて大声で言った。
「おまえらのために・・・1つだけ奇跡を起こしてやる!大事なもの、大切にしろよ!」
その瞬間、練の身体がまばゆいばかりに光ると僕の意識はまるで掃除機の中に吸い込まれたような感覚に陥った。
そして目が覚めると僕は空を見上げていたんだ。
『ううう・・・・・あれ?撃たれたとこが・・痛くない・・・・』
殴られた頭も撃たれたお腹の傷も消えてなくなっていた。
「ツナ・・・君・・・」
由希さんが僕に抱きついて泣きじゃくる。僕は生き返ったの・・・??
「これでもう大丈夫だ・・・・みんな・・・・・・・じゃあな・・・・」
練の身体は光と共に消えていった。そして光の中から解き放たれたジャイブはこっちを見て首をかしげていた。
僕は生前の練を好きじゃなかった。傲慢で女の子にモテモテで僕が好きな女の子は必ず練を好きになって。好きになれるわけがなかった。キライだったのかもしれない。でも・・・
練は死んでも尚、僕を助けてくれた。僕には何もない、ルックスも、知性も運動神経も社会性も!そんなダメな僕を二度までも命を賭けてまで救ってくれた練。
僕は最高の友達を軽視してしまっていたんだ。誰より僕の事を一生懸命に考えてくれていた一番大切にすべき友達を亡くしてしまったのに・・・僕はそれによって転がり込んできた一時の幸せを噛みしめて、友達の不幸を自分の幸にしてしまったんだ。