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06. やはり俺のSF大冒険はまちがっている

 深い夢の中、遠くから声が聞こえてくる。誰かが俺の名前を呼んでいる。

「アベル! 起きて! アベルってば!」

 ゆっくりと目を開くと、そこには窓から差し込む朝日を浴びた美しいエルフがいて、俺の名前を呼んでいた。まだ夢の続きだろうか? もちろんそんなことはない。これは現実で、エルフに見えるのはアトランティス人。彼女の名前はイリスという。

「んあ、おはよ。どうかしたのか?」

「外にギガルム人がいっぱいいるんだよ! かなりまずいかも!」

「本当か? どうしたらいい?」

「とりあえず、早く逃げないと」

 イリスにそう言われて俺は飛び起きる。枕元の剣を鞘から抜いた。その瞬間、玄関のドアが蹴破られる音がした。玄関からは逃げられない。俺たちのいる寝室まで来るのも時間の問題だろう。唯一逃げられそうな窓に駆け寄る。が、その下にもギガルム人らしき生命体が波のように押し寄せていた。顔は人間のそれではなく巨大なトカゲのような恐竜のような感じで、ファンタジー作品に出てくる《リザードマン》に近い。身長は2m半はありそうだ。意外にもモダンなデザインの戦闘服を着て、銃のような武器を持っていた。

「こっちもダメだ」

「どうしよう……」

 今にも泣きそうなイリスだった。

「イリスは隠れていて」

 俺はイリスが風呂場の奥に身を潜めるのを見送ると、寝室のドアに向かって剣を構えた。こうなったらここで防ぐしかないだろう。限界まで集中し、自分の知覚を最大まで加速させていく。次の瞬間、豪快な火花を散らしてドアが吹き飛ぶ。俺はそこへ向かって一気に飛び込んだ。

 ギガルム人は4人ほどいて、俺を囲うように四角形に並んでいる。彼らは俺の方へ一斉に銃を向けた。彼らが撃つより早く、俺はぐるりと回転して3人の銃を切る。物凄い金属音とともに火花が散った。すぐに飛び跳ね、残りの1人に蹴りを入れようとする。が、トカゲづらに俺の脚が触れる寸前、電気の走るような音とともにはじき返された。俺は「しまった!」と思った。俺の脳内では、あのときのヴェテールの言葉が反復されていた。

『彼らの強力なシールドはなかなか貫通できるものではないのよ』

 シールドだ。弾丸がはじかれるのだから、肉体だってシールドにはじかれてしまう。そんなのは当たり前のことだった。だが気が付いたときにはもう遅い。シールドにはじき返された反動で俺は壁に叩き付けられ、更に外からなだれ込んできたギガルム人のビーム弾を2、3発腹に食らってしまった。

 真っ白な地球共通服にゆっくりと血が広がっていく。それとともにじわりと痛みも広がってくる。俺は床に倒れた。イリスがギガルム人に連れていかれるのが横向きに見えている。俺は必死で手を伸ばし、声を出そうとした。

「イリ……ス……」

 だが、届かない。この手も、この声も。

「アベル! 死んじゃ嫌だよ! アベル!」

 イリスがそう叫んでいるのが聞こえた。彼らはイリスをがっちりと掴んで外へと連れて消えてしまった。そして気が付くと辺りは炎に包まれていた。

 意識は次第に遠退いていく。物凄い耳鳴りで周りの音は聞こえなくなっていき、視界もぼやけていった。

 しばらくすると、炎の向こう側から1つの人影がこちらに向かってくるのが見えた気がした。誰だろうか? 敵だろうか? それとも味方か? 幻? 今となってはそれさえもがどうでもいいことのように思えた。イリスは守れなかったし、どちらにせよ俺は死ぬのだ。俺は目を閉じて腹に広がる痛みを噛み締めた。


  * * *


 気が付くと、俺は森の中に寝転がっていた。暖かな木漏れ日に涼しい風が心地いい。

「あら、目覚めたのね」

 身体を起こすと、そこには金色の髪を長く伸ばし、冷たい視線をしたアトランティス人兵士——ヴェテールがいた。どういうことだ? 状況が飲み込めない。

「あ、ビーム弾……」

 俺はそう言うと自分の服をまくって腹を見る。傷跡は消えていた。

「私がこれで治しておいたわ」

 ヴェテールはクリスタルのようなものを手に持っていた。

「なんだそれ? 魔法の道具か?」

 ふと、高度に発達した科学は魔法と区別がつかない、とかいう名文句を思い出していた。クラークの3法則のうちのひとつだったかな?

「治療用の装置だと思ってもらえればいいわ」

 なるほど。つまるところヴェテールが看病をしてくれていたわけか。

「そうなのか。ありがとうな」

「お礼は言葉じゃなくて、身体で支払ってちょうだい」

「はい!?」

 何を言っているんだこいつは!? ……でも、ヴェテールくらいの美人になら身体で支払うのもまんざらでもない!? いや、俺は何を考えているんだろうか!?

「冗談よ。顔を真っ赤にしちゃって、可愛いわね」

 ……なんというか、このやり取りには物凄いデジャヴを感じる。

「そんなことより、あの後どうなったんだ? 俺が倒れた後」

「村は焼かれて、ほとんどの人は連れていかれたわ」

「イリスも……か?」

「ええ。私がかけつけたときにはもういなかったから、そう考えるのが妥当ね」

「そうか……」

 俺は守る事ができなかった……。そう思った瞬間、3年前のあのテロ事件のことがフラッシュバックした。撃たれた瞬間の、あの糸を切られた操り人形のような倒れ方。冷たくなった彼女頬の感触。

「うぁ……あ……あ……」

 俺は気が付くと、強烈な頭痛で頭を抱え、口からはかすかな叫びを漏らしていた。

「アベル!? 大丈夫!?」

「ああ……少し昔の事を思い出したんだ。前にも大切な人を守ることができなかったことがあって……」

 そうして俺はあのテロ事件のことをヴェテールに話した。たまに夢でうなされることはあったけれど、自分ではすっかり心の奥底に沈めて平気になってしまった気でいたから、話している途中で大粒の涙を流してしまったときには自分でも驚いた。

 ヴェテールは俺を抱きしめた。俺はヴェテールの金色の髪に顔をうずめた。

「よしよし」

 ヴェテールは耳元でそう囁くと俺の頭を撫でてくれた。俺はそのままずっと涙を流し続け、ヴェテールは頭を撫で続けていた。しばらくすると、ヴェテールがぼそりと呟いた。

「私も昔、大切な人を守る事ができなかったことがあるの。だから、ちょっとだけあなたの気持ちがわかる気がするわ……」

 俺は何も言えなかった。

「ただ、イリスはまだ生きている可能性があるから、諦めたらダメよ。彼女はあなたにとって大切な人だったと思うけれど、私にとってもそれは同じなの。生まれたときから知っているし、ずっと妹みたいに思ってきた。だから、絶対に助けましょう」

 そうしてヴェテールは、いっそう強く俺を抱きしめた。


 しばらくして俺が泣き止んだ頃、荷物を背負ったプレキウスが歩いてきた。

「これで……全員かしら?」

 ヴェテールが驚愕とも絶望ともいえないトーンでプレキウスに訊いた。

「そうだね。これで全員だ。他には誰も残っていなかったよ」

 しばらく沈黙が続いたが、ヴェテールが不意に立ち上がった。

「では、作戦会議にしましょうか」

 俺はなぜか自分の服に巨大な穴が空いていることを思い出して、視覚上に服装の状態を表示し、修復コマンドを選択する。服の穴は消え、一瞬電流の走るような音がして、血の跡も消えた。

「あら、地球人の服は便利なのね」

「まあな」

「それでは、これからどうするかについてだけれど……私たち3人でギガルム人の本拠地に乗り込んで、彼らの王 《ウゴイレ》の首をはね、そして今まで連れ去られた仲間たちを解放する、なんていうプランを考えたのだけれど、どうかしら?」

 いきなり酷いプランがきた。これだけボロクソ負けておいて、たったの3人で敵の王の首を打ち取ろうなんて自殺行為だ。

「ちょっと待てよ。剣と盾だけで銃武装したギガルム人の軍隊を倒すっていうのか? しかもたった3人で?」

「そうよ? 不備しかないはずだけれど、何か問題があったかしら?」

「不備しかないことを自覚している!?」

「村は焼かれてしまったし、ここで待っていても飢えて死ぬだけでしょう? 近くの村もきっと襲われているわね。仮にそうでなくても、襲われるまでは時間の問題よ。それだったら……」

 一瞬ヴェテールは口をつぐんだ。

「どうせ死ぬなら、戦って死んだ方がマシ、か?」

 それはテロリストに襲われたときに俺が考えたことだ。もしかしたらヴェテールも俺と同じようなことを考えているのかもしれないと思って口を挟んでしまった。

「そうね。自殺行為なのはわかっているけれど、最期は戦士として死にたいの。それに、まだ完全に不可能だと決まったわけではないわ」

 ヴェテールはそう言うと、プレキウスに目配せをした。するとプレキウスは例の四角い水晶を取り出す。どうやらあれはホログラム装置にもなっているらしく、上に向かって無数のビームが放たれ、アトランティスの地図のようなものが浮かび上がった。

「ここが我々のいる場所だ」

 プレキウスはそう言うと地図の1点を指差す。

「そしてここがギガルム人たちの本拠地で、彼らの王ウゴイレがいる場所だ」

 今度は現在地からかなりの距離があるように見える場所を指差した。

「その近くに、彼らの本拠地の中に通じる地下道がある。昔、私の仲間が掘り進めたものだ。そこまで行ければ敵に遭遇せずに本拠地に潜入できるだろう」

「それで、勝算はあるのか?」

「不意を付ければ倒せるはずだよ。今回は君がいることだしね」

「俺が?」

「君はヴェテールの訓練プログラムの最強モードに一瞬で勝ったと聞いている。しかも6人を相手に」

「確かに訓練プログラムでは勝ったけれど、ギガルム人との戦闘では腹に穴を開けられてしまったから、実際どのくらい戦えるかわからないぞ」

「瀕死だった君の近くには、切れた銃があったと聞く。銃を切ったときの感覚でいけばいい。2回目は失敗しないさ。それに王は1人だ。君ならできる」

 随分と楽観的なこった。

 ところで、あの訓練プログラムって最強モードだったのかよ。ヴェテールはズタボロにされなくて残念だとかなんとか言っていたけれど、あれって本気だったんだな。なんという鬼畜。

「訓練プログラムが最強モードねぇ」

 俺はヴェテールを睨んだ。するとヴェテールは頭に手を当て「テヘ」のポーズをする。……可愛いので許した。

 その後ヴェテールは少し恥ずかしそうに「こほん」と咳払いをする。

「本題に戻るけれど、プレキウスのルートで敵の本拠地に忍び込んだ後は、アベルの俊敏さでウゴイレ王を一瞬で倒してしまえばいいわ。何かあったとしても私たちが援護する。それでいいかしら?」

「ああ」

「では、冒険の始まりね。プレキウス、アベル、いい?」

 そうして俺とプレキウスは頷き、俺たちの冒険が始まった。


 イリスと会ったときには、帰れないという点さえ除けば俺の望んでいたSF大冒険なのではないかと思っていたのだが、イリスはさらわれ、剣だけで銃武装した異星人を倒すことになってしまった。やはり俺のSF大冒険はまちがっている。俺はそう断言したい。

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