04. 無敵の戦闘術
俺とイリスはプレキウスの家の階段を降りた。するとイリスが俺を青く美しい瞳でじっと見つめてくる。相変わらずの美貌に驚くばかりだ。
「アベル、これでお話ができるね。改めてはじめまして、私はイリス。よろしくね」
イリスの笑顔が眩しい。
「俺はアベル。改めてよろしくな」
俺もつられて笑みがこぼれる。
「とりあえずこれで会話に困らないね! プレキウスならなんとかできるかもって思ったんだけど、予想が当たって良かった!」
「本当に助かったよ。ありがとうイリス。でもなんでそんなに優しくしてくれるんだ? 俺はなんていうかその、異星人なんだぞ?」
「優しくなんてしていないよ。ただアベルに会えて嬉しかっただけ。なんていうのかな? 私が生まれたときにはね、この星はとっくにギガルム人の占領下で、他の惑星からのお客さんなんて来たことがなかったんだよね。で、私はプレキウスの宇宙探検の話を聞いて育ったから、ずっと異星人と会話してみたいと思っていたの。できれば宇宙を冒険してみたかった。でも絶対に叶わないとも思っていたんだよね。そしたらある日、突然異星人がイベントホライズンを通って現れたじゃない! それがアベル、君だったんだよ。黒い髪に茶色い瞳、丸い耳をしていて真っ白な服を着ている見たこともない種族。私、あのときすごくワクワクしていたんだ! 異星人に会えたうえに、その種族はワープなんてできるくらい凄い技術を持っていて、この種族なら、きっとこの星の資源を貪り尽くすギガルム人から私たちを解放してくれるんじゃないかな、なんて思っちゃって」
イリスは少し恥ずかしそうに笑った。
「そうだったのか。ところで、そのギガルム人とやらはそんなに強いのか?」
「うん、凶暴だし強いよ。っていっても、私たちアトランティス人よりは、だけど。プレキウス曰く、私たちは今まで戦争という戦争をしたことがなかったから、他の種族よりも戦争は弱いみたい。惑星を占領されちゃったのも私たちが初めてみたいだし」
「へぇ」
ところでここは《アトランティス》って名前だったのか。地球にはそんな名前の大陸が消失したという伝説があったな。まあイリスも地球の神の名前と同じだし、偶然の一致だろうけれど。どうせ一致するならアルフヘイムならよかったな。こいつらどう見てもエルフだし。
「あ、そうだ! アベルって戦える?」
イリスが突然思い出したように言う。
「え、まあ一応一通りは」
地球では、俺のように遺伝子操作を受けている中流階級以上の人間は一般教養として護身もかねて特殊な戦闘術を教わるし、戦えないと言えば嘘になる。
「あのね、この惑星には獰猛な生物もいるし、下手をするとギガルム人と戦うことになるかもしれないじゃない? だからいざってときのために実戦形式で少し訓練をしといた方がいいと思うんだ。よければ知り合いの兵士を紹介しようと思うんだけど、どうかな?」
「色々とありがとうな、イリス。よろしく頼む」
「それじゃあ、私についてきて!」
そしてイリスは俺の手を引っ張る。俺は相変わらずイリスの滑らかな肌と柔らかな手の感触に驚きつつ、アトランティス人の好奇の眼差しに晒されながら、夕焼けに染められたアトランティスの村を歩いていった。
しばらくすると、またしても他より大きめな高床式住居に着く。この住居は木で囲いをしてあるのだが、右側には家がもうひとつ建つくらいの土のスペースがある。庭なのだろうか?
イリスは玄関の下まで行くと、大きな声で叫んだ。
「ヴェテール! いるー? 頼み事があるんだけどー!」
ヴェテールなる人物は呼ばれてすぐに出てきた。イリスや俺より年上、成人してすぐくらいに見える女性で、美しいのは例に漏れず、スレンダーな体型に鋭い目をしていて、アトランティス人特有のさらさらの淡い金髪のロングに、前髪をそろえた髪型にしてある。身長は165cm程度だろうか。服装は騎士というか兵士というか、そんな類いの鎧を着ているのだが、アトランティス人にしては奇抜で、上半身は肩を出し、下半身は短いスカートにニーソックスのような雰囲気の防具で、装飾性を重視したデザインになっているようだ。腰の鞘には細剣が納まっていて、背中には盾のようなものが見える。
「あらイリス。お久しぶりね。何の用かしら?」
そう言うとヴェテールは住居からひらりと美しい身のこなしで飛び降りて、俺たちの前に立った。
「実戦形式の訓練を頼みたい人がいるんだけど、今大丈夫かな?」
「ええ、今日は何も予定を入れていなかったから大丈夫よ」
「ありがとうヴェテール! じゃあ早速だけれど、データを送るね」
「……受け取ったわ。えっと、地球人のアベルというのがあなたね?」
そう言うとヴェテールは俺の方をじろりと睨む。美しく、かつ鋭い目つきからはなぜか殺気が大噴出しているのだが、俺はなるべく気にしないようにしつつ返事をする。
「ああ、よろしく頼むよ」
「ええ、こちらこそよろしく。それにしても、お客さんなんて珍しいわね……。まあいいわ。ではその庭の中央に行ってちょうだい。まずは現段階でのあなたの腕を見たいから、そこでコンピュータと戦ってくれるかしら?」
そう言われて俺は庭の中央に立つ。
「今あなたに訓練プログラムを送るわ」
そう言った直後に視覚上に「訓練プログラム:インストール中……」と表示される。
「……インストールが完了したぞ」
しばらくして俺が返事をする。
「では、ルールはもうわかるわね?」
俺はインストールされた内容を思い出すような感覚で確認していく。
「えっと、つまるところ、ホログラムでできた武器でホログラムの兵士を倒せばよくて、俺が攻撃を受けても痛覚と同等の痺れがあるだけで、実際に死ぬことはない、ということだよな」
「そういうことね。では、準備をしてちょうだい」
ヴェテールがそう言うと視覚上に武器や防具のカテゴリが表示された。武器はどうやら剣と魔法の杖のようなものくらいしか選べないようなので、仕方なく俺は両刃のホログラム剣を2本出現させ、それを逆手に持った。防具はいらない。
「準備完了だ」
俺がそう言うとヴィテールが少し驚いたような顔をする。
「あら、防具は装備しないのかしら? 痺れるだけといっても、あれはかなり嫌な感覚よ?」
「いや、これで構わない。これが俺の戦闘術なんだ」
俺がそう言うとヴィテールは不思議そうな表情を浮かべたが、すぐにうなずき、直後に俺の視覚上にカウントダウンが表示される。
「30、29、28……」
俺の10メートルほど前には、中世風の銀色の鎧を着たホログラムの兵隊が出現した。村で見た警備兵だか警官だかの格好と同じだ。身長は180cmくらいだろうか。俺は身長が165cmしかないので、かなりでかい敵だ。
敵はこちらから見て2列、合計6人が奇麗に整列し、両刃の剣と大きめの木の盾をこちらに向けて構えている。俺は戦闘に備え、あの独特の《構え》をした。
そして、今まで習得してきた《インヴィクタ》を思い出していた。ラテン語で「無敵」を意味するそれは、22世紀までのあらゆる銃撃戦、肉弾戦、剣斬戦などの実戦データを分析し生み出された戦闘術だ。敵の配列、動き、視線などがわかれば、その後の動きは統計データから数パターンに限定され、その予測をもとに常に敵の死角や攻撃不能ポイントに先読みして入り込み、そこから最小の攻撃で最大の効果を与えることができる。ちなみに剣の場合は逆手に持つのが基本だ。
そんなことを思い出している間にカウントは残り少なくなっていた。改めてホログラム兵を見る。彼らは最初の構えのまま突っ立っている。多分動きは遅いだろう。そして幾何学的に配置されているそれはインヴィクタにとってかなり有利な戦闘を望めると思われる。
カウントダウンが少なくなるにつれて、段々と時間の進行が遅くなっていくような感覚になる。いや、むしろ俺が加速していると言うべきか。そして戦闘に不要な雑音は一気に消え、全神経が敵に集中していく。俺のなすべき動きが全て見えるような錯覚も覚えた。
「3、2、1……」そして視覚上の表示が「0」になる。
俺はそれと同時に物凄い勢いで地面を蹴った。加速された俺の知覚からは何もかもがスローモーションのように見え、敵の兵隊は止まっているも同然だ。俺は風を切る音とともにかなりの低姿勢で一気に兵隊の中に滑り込む。俺は立て膝をついて俯いたまま滑り、兵士6人のちょうど中央で止まった。ここが攻撃不能ポイントだ。6人が味方を攻撃せずに剣を振るためには少し間をとらねばならず、そこには一瞬の隙ができるはずなのだ。
俺は俯いたたまま視覚を最大まで広げて辺りを確認する。左右に1人ずつ、前後に2人ずつ兵士がいて、全員が俺とは反対方向を向いている。予測通り敵全員が盾を上げながら少しずつ間合いを開けていこうとする動きが見える。だが、こいつたちにそんな時間はない。
「うるあっ……!」
俺は両手の剣を顔の前でクロスするように前方2人の盾より下、足下を引き裂く。ガシャンという激しい音がし、剣が鎧を貫通したのかポリゴンのような血しぶきがあがる。俺はそのまま宙返りをし、空中で左右2人の首をはねる。こちらもポリゴンの血しぶきがあがった。そのまま後ろへ腕をまわし、地面に着地すると同時に後ろ2人の背中に剣を突き刺す。物凄い金属音と、確かに鎧を貫通した手応えがあった。首をはねられた2人と背中を刺された計4人の兵士は死亡したものとみなし、残りの兵士に集中する。
前方の2人は既に体勢を立て直しており、俺に向かって同時に剣を振り下ろしている途中だった。俺は後ろの兵士に刺さった剣を引き抜き、そのまま一気に剣を振り上げる。物凄い速度で降りてくる相手の剣に俺の剣がぶつかり、激しい金属音とともに相手の剣がはじかれた。すると反動で俺の剣の刃先がちょうど2人の目の位置で止まる。ここには前を見るための隙間が空いているので、そのまま剣を前に突き出した。グサリ、という嫌な音と共にポリゴンの血が吹き出る。そして左右と後ろの兵士たち4人の倒れる音がして、間もなく前の兵士2人もバタリと倒れた。
俺は少し乱れた呼吸を整えつつ、自然と剣をひと振りして元の《構え》に戻っていた。倒れていた兵士がすっと消えて、どうやら戦闘は終了したようだ。
「凄い! 凄いよアベル! 今のはいったいどうなっているの!?」
イリスが感嘆の眼差しを向けてくる。
「地球の戦闘術で、インヴィクタって名前なんだ」
ちょっと誇らしげな気分で返事をする。
「あら、地球人はお強いのね。ズタボロに切り裂かれるのを期待していたのだけれど、残念」
ヴェテールがさらりと酷い事を言っている!?
「ところでヴェテール、ここって銃とかはないのか?」
「そうね、銃はなきにしもあらずだけれど、今はほとんど使われていないわね。ギガルム人にはシールドがあるから、銃は効かないのよ。それに、鉱山が占領されているから、弾丸だとか資源を激しく消耗する武器は作れないっていうのもあるわね。飛び道具といえば、木でできた狩猟用の弓くらいかしら」
「そうなのか。やはりギガルム人は無敵なのか?」
「私たちにとっては無敵と言い切ってしまって構わないわね。彼らの強力なシールドはなかなか貫通できるものではないのよ。ただ、《アラグ》という金属なら彼らのシールドを貫通したりできるわ。墜落したギガルム人の戦闘機や偵察機からしかとれないから、結構貴重な金属なのだけれど。この村にもアラグでできた剣や盾はいくつもないわ」
「なるほど」
「ちなみに私の剣と盾はアラグでできているから、ギガルム人に襲われたら私を呼んでちょうだい? 妖精さん」
「妖精……?」
「こっちの話よ。あなたが昔話に出てくる妖精の姿に似ているってだけ」
「奇遇だな。アトランティス人も俺たちの惑星の妖精に似ているぞ」
というかまんまエルフだぞ。
「へぇ。不思議なこともあるものね。ところでアベル?」
「なんだ?」
「あとでその丸い妖精耳を舐めさせてもらえるかしら?」
「はい!?」
何を言っているんだこいつは!? ……でも、ヴェテールくらいの美人になら耳を舐められてもまんざらでもない!? いや、俺は何を考えているんだろうか!?
「冗談よ。顔を真っ赤にしちゃって、可愛いわね」
「ゆ、夕方だから赤く見えるんだよ……」
我ながら苦しい言い訳をしてしまった。
「あら、そうなのかしら?」
ジト目で俺を見つめるヴェテールだった。俺は恥ずかしくて視線をそらした。
「……ところで、俺の訓練の続きは?」
「そうね、今の私から教えられることは何もなさそうだから、これで終わりね。あなたは十分強いわ」
「それはどうも」
「訓練の代わりといってはなんなのだけれど、良いものをあげるわ。ちょっと待っていてちょうだい」
そう言うとヴェテールは自宅の中へ入っていった。しばらくすると、さっき俺が使っていたような2本の両刃の剣と鞘を持ってきて、こちらへ差し出した。
「本当にいいのか?」
「ええ。さっき偵察機が通り過ぎたみたいだし、この集落がいつ襲われるかわからないわ。だから一応、護身のために、ね?」
「色々とありがとうな」
「どういたしまして。ちなみにそれもアラグでできているわ。何かあったら、それで身を守りなさい」
「ああ」
そうして俺とイリスは、ヴェテールの家を後にした。