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00. プロローグという名の戦闘シーン

 22世紀後半、遺伝子操作をされて生まれた中流階級以上の人間と、自然妊娠、自然出産によって生まれた下流階級の人間の間には、知能的にも身体的にも圧倒的な能力差ができていた。根強い差別もあり、下流階級の人間はまともに就職すらできず、彼らはスラム街でひっそりと暮らすほかなかった。

 当然それに不満を持つ者がいないわけがなく、一部の過激派は度々テロを起こしていた。


 ――そして2172年、中流階級の俺は中学生にして初めてテロリストに遭遇した。


 テロリストの女は俺の彼女の首を左腕でがっちりと捕まえて、こめかみには銃を突き付けていた。そして俺をじろりと睨んだ。

「この上流階級のクソガキ女から始末してやるわ! 次はあんたよ! 上流階級なんて、みんな死んじまえばいいのよ! あたしたち下流階級がどんな思いで暮らしているかも知らずに、のうのうと生きてやがって!!」

 悲鳴にも近い声だった。見た事も無い興奮状態で銃を持った手がガタガタと震えていた。

 次の瞬間、パンッという思ったより軽い音の銃声がした。それと同時に俺の彼女はどさりと床に倒れた。まるで糸の切れた操り人形のようだった。俺は声も出せなかった。こんな簡単に人は死んでしまうものなのだろうか? そしてただひたすら、ひとつの疑問が頭の中で繰り返されていた。


『――どうして? どうして、何も悪いことをしていない無垢な少女が銃で撃たれて殺されなければいけないんだ?』


 すぐにその疑問は猛烈な2つの怒りに変化する。テロリストが自分の恋人を殺したことに対する怒りと、何もできなかった自分に対する怒りだ。

 しばらくするとその怒りが違う感情、違う感覚へと変化していくのを感じた。それは完全な静寂だった。氷のように冷たく、強く固い静寂。

 そして俺は決心をした。


『どうせ死ぬなら、戦って死んだ方がマシだ』


 辺りを見回す。相手の身長は180cm前後、中学生の俺の身長は157cm。実戦経験は無いし、この体格差で勝てるかはわからない。テロリスト3人は俺を囲うように正三角形に並んでいる。俺はその中央にいて、敵との距離は全て1メートル弱。それを確認すると全神経をテロリストたちに向け、俺はまだ習得しきれていないあの戦闘術独特の《構え》をした。

 その瞬間、男が目を見開いた。

「おい! このガキ《アレ》を習得してやがる! 撃て! 早く撃ち殺せ!!」

 男が叫んだときにはもう遅い。俺の知覚は加速され、俺以外の全てがスローモーションになっていく。

 テロリストの銃口が俺の身体をとらえた直後、開脚しながら身体をストンと落とし、その勢いで女テロリスト2人の足を蹴り飛ばした。その瞬間、テロリスト3人はほぼ同時に銃を撃った。激しい銃声とともに弾丸は俺の頭上を飛んでいった。

 俺は3人の次の動きを予測しつつ、そのまま飛び上がると同時に男の銃を手ではじく。その瞬間2発目の弾丸が放たれるが、当然俺には当たらない。そのまま男の首の急所を2本の指の第2関節で突く。ほぼ同時に、右足で後ろの女の顔面を蹴り、一瞬遅れて目の前の女の眼球に右手の指2本を突き刺した。目をつぶされた女は痛みに悲鳴をあげている。

 だが、俺の攻撃は終わらない。幼い頃から何度も訓練されたその動きは、自分の意識とは関係なく、相手を殺すまで自動で動いていく。まるで殺人マシーンのように。

 ゆっくりと倒れていく男の右腕をへし折り銃を奪い、直後に後ろの女の脳天に向かって弾丸を撃ち込む。2つの死体がバタリと倒れた。最後に、目をつぶされて絶叫している女の方へと1歩進むと首に手をかける。女の首をぐるりとあり得ない方向に回すと、絶叫がぷつりと止んだ。そして、3つ目のテロリストの死体がドサリと倒れた。

 残ったのは俺の乱れた呼吸の音だけだった。


 ――これが遺伝子操作を受け、あの戦闘術を少しばかり身につけた中流階級の子供と、劣悪な遺伝子を持ち、満足な訓練を受けていない下流階級の大人との戦闘だ。いや、今になって思えば戦闘にすらなっていなかったかもしれない。

 俺たちはだからこそ彼らを差別し続けているのだろう。彼らはすぐに精神病や伝染病などの病におかされるし、肉体面でも知能面でも、彼らは俺たちより著しく劣っている。彼らは俺たち地球人にとってお荷物なのだ。俺はずっとそう思っていた。

 でもあのとき、自分のこの手でテロリストを殺してわかったことがあった。それは例え殺してもとがめられないような下流階級、差別階級の人間、ましてやその中のテロリストでも、生きて、呼吸し、多分だけれど、沢山の苦悩を抱えているということを。

 俺はテロリストの3つの死体の近くにあるもうひとつの死体、俺の彼女の隣りに立て膝をつく。そして彼女の頬をそっと撫で、心の中で呟いた。


『ごめん、俺は君を……君を救えなかった……』


 涙が止め処なく俺の頬を伝っていった。


 ――俺はあの日の記憶を、心の奥へ奥へと沈めていった。3年後、高校生にもなる頃には、ときどき悪夢にうなされる程度で、もうほとんど思い出すこともなくなっていた。


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