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プロローグ

 夕日が落ちて辺りの暗闇が増す中を、一人の少女が家路を急いでいた。

 ポニーテールにした長い髪が歩みに合わせて左右に揺れている。

 赤いリボン・タイが可愛らしいブレザータイプの制服は、この辺では有名なお嬢様学校の私立双葉女子学園のものだ。

 それを着ている少女も、白い肌に整った顔立ちは美少女と言われることが多いだろう。

 肩にラクロスのクロスを担いで颯爽と歩く姿は、見ていて気持ちがいい。

 しかしどういう訳か、颯爽と歩いていたかと思ったら急に立ち止まったり、左右に避けたりと落ち着きがない。傍から見ていると挙動不審に見える。

 それをしばらく繰り返すうちに、少女の顔が段々と険しくなってくる。


「あぁ! もうっ! 鬱陶しいっ!!」


 遂に立ち止まって苛立たしげに言う。


「暗くなると、これだから嫌になっちゃう!」


 そういう少女の目の前を白いぼんやりしたものが横切っていき、そのまま左手にある住宅の壁に消えていった。

 目を移すと、突然現れた半透明な男が少女の脇を通り過ぎて、また忽然と消える。

 さらに少し先にある電柱の脇には、しきりにこちらに向かって手招きしている上半身だけの女性が()える。

 他にもいくつかの影が視えている。


 少女は疲れたように深い溜息をついた。

 そう。少女には()えてしまうのである。

 霊の姿が。


 暗いところや一人になったりして、ちょっと意識してしまうと途端に霊が視え始めてしまう。こうなると他に気が逸れない限り止まらない。

 先ほどの挙動不審も、視え始めていた霊を避けていたためだ。

 霊にぶつかっても、すり抜けてしまうだけで、別に害があるものではない。

 実際に自転車に乗ったおばさんは、浮遊している霊たちに全く気付かずに通り抜けて走り去っていく。

 ぶつかられた霊たちも何も変わらずにそのまま漂い続ける。

 だが、少女はそういう訳にもいかない。視えているものの中を通り抜ける気にはなれないのだ。


 もう一度溜息をついて再び歩きだそうとすると、不意に右手の塀の一部がボヤっと明るく光り出した。

 今まで見た事がない現象に思わず見ていると、その光の中から、ヌっと何かが現れる。人の手だ。

 一本、二本と現れて、それに引っ張られるように頭が、そして、ズルっという感じで全身が現れる。道路に足が着くとホォッと息をついた。


 西欧風の細面の顔に肩辺りで切り揃えた金髪。

 一瞬、女の人かと思ったが、開かれた少し鋭い目で男の人だと分かった。


(綺麗な人・・・ あ、違う、幽霊か)


 つい霊に見惚れていたが、その霊がこちらを向いたのに気付いて、慌てて目を逸らした。


(やば。無視、無視っと)


 浮遊霊などは、その辺を漂っているだけだが、自縛霊は自らの存在に気付いて欲しいと思うものが多く、下手に目が合って、こちらが視える人だと気付かれたら大変である。延々と自分が死に至った経緯を語られた挙句、通り掛かる度に同じ話を聞かせようとするので堪ったものではない。


 こういう場合は、気付かない振りをして無視するのが一番と、経験から学んでいた。

 少女は歩き始め、不自然にならない程度に少しずつ左に逸れて、務めて気付いていない振りをしながら、その霊の前を通り過ぎようとした。

 その霊はじっと少女を目で追っていたが、ちょうど目の前を通り過ぎたところで声を掛けてきた。


「ちょっと、そこのお嬢さん・・・」


 それを聞いた少女は、そらきたっと思って歩調を速める。


「あ、お嬢さん、お待ちください!」


 霊は慌てて少女の後を追う。


「どうかお待ちを! あなたは視える方なのでしょう?」


 やっぱり。思った通りの反応に、少女はそれを無視してズンズン歩いていく。

 霊も必死に追い縋る。


「お願いします! 話を、話をお聞き下さい!」


 霊が懇願すると、少女は不意に立ち止まって振り向いた。

 それを見た霊は、ホッとしたように胸を撫で下ろす。


「よかった。お話を聞いて頂けるのですね。ありがとうございます」


 そういうと優雅に腰を折って丁寧にお辞儀する。

 少女はそんな霊を無視して、おもむろに肩に担いでいたクロスを振り上げて、霊に目掛けて振り下ろす。


 ガンっ!


 非常に痛そうな音と共に、クロスが霊の脳天に命中した。


「えっ? うそ・・・」


 少女は確かな手応えのあったクロスと、頭を抱えてしゃがみ込む霊、いや生きた男を見比べる。

 実は、このクロスの柄の部分には、退魔の護符を巻き付けてあるのである。

 同じ霊視の力を持つ母親が、ある高名な霊媒師に頼んで作ってもらった本物の護符で、しつこい霊や悪意を持って近付いてくるような霊であれば、これに触れた途端に消え去ってしまう。


「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか?」


 少女は慌てて謝った。霊だと思って、いつもの勢いで思いっきり振り下ろしてしまったので、ちょっと、いや、かなり痛かったはずだ。


「痛ぅ、イタタタ・・・いきなり何をなさるのですか・・・」


 頭を抱えたまま、男はうめくように抗議する。


「本当にごめんなさい! てっきり幽霊だと思ったので・・・」


 それを聞いた男は、ハッと顔を上げる。


「やっぱり! やっぱりお視えになるのですね? 霊の姿が!」


 なぜか嬉しそうに言う男に、少女は殴りつけてしまった手前、渋々と正直に答えた。


「え、えぇ、まあ・・・」


 男は嬉々として立ち上がると、感激で目尻を濡らす。


「やっと! やっと見付けた!! やっと見つけることができた! 

あ、申し遅れました! わたくし、エトヴィエル・シーブック・アクトバスと申します! どうぞエトヴァとお呼び下さい! 

それで、あなた様のお名前は?」


「え? あ、あの、奥村、静羽です・・・」


 男の勢いに気圧されて、少女、静羽は思わず名乗ってしまう。


「おお! オクムラ・シズハ様! 美しい名前ですね!」


「い、いえ、それより、頭の方は大丈夫ですか?」


「大丈夫です! 喜びで吹き飛んでしまいました!」


 満面の笑顔でガッツポーズを取る男に、見た目より軽い人なんだと静羽は内心呆れていた。


「・・・それで何かご用だったのですか?」


「そうでした。これは失礼致しました。つい興奮してしまい・・・ 

実は私は、ファラミス神殿の者で、エクリムス王国顧問神官長を務めて・・・て、お待ちを! どちらへ!」


 静羽は最後まで聞かずに、エトヴァとか名乗る男に背をむけて、さっさと歩き始める。


(幽霊じゃないと思ったら、宗教の勧誘じゃない! 冗談じゃないわ! 帰ろ帰ろ)


 男は、歩いていく静羽の前に慌てて回り込んで必死に訴えた。


「オクムラ・シズハ様! どうかお待ちを! 是非、あなたのお力を・・・」


 縋り付く男を邪険に振り払って静羽は声を荒げる。


「いい加減にして下さい! 私は宗教なんて結構です! あんまりしつこいと人を呼びますよ!」


「しゅ・・・いいえ、いいえ! 私は決してそのような者ではありません。私どもは信仰の押し付けなどは決して・・・」


 言い募る男を無視して、静羽は再び歩きだす。

 男はその場に絶望したように膝を突いて囁いた。


「どうか・・・どうか、助けて頂きたいのです・・・ 

エクリムス国王を・・・私の大切な友人を・・・」


 静羽は立ち止まった。不幸にも男の囁きが聞こえてしまったのだ。

 実は静羽は困っている人を放っておけない性格で、その辺の自縛霊の話まで、ついつい聞いてあげてしまうほど優しい少女だった。

 静羽は今日何度目かの大きな溜息をつく。厄介事だと分かっていても放っておけない。我ながら損な性格だと苦笑しながら振り返る。


「・・・どういうことなのですか?」


 それを聞いた男が、途端に嬉しいそうな顔で駆け寄ってくる。


「おお! 助けて頂けるのですか?」


「話を聞くだけです! 先に言っておきますけど、私は視えるだけで、他になんにも力はありませんからね!」


「あぁ! それだけでも十分です! きっとあなた様なら・・・

あ! いけない! 時間がありません!」


 そういうと男は静羽の手を取ると、自分が出てきた壁に強引に引っ張っていく。壁はまだ僅かに光りが残っていた。

 驚いた静羽は慌てて抵抗する。


「ちょ、ちょっと! 放して下さい! 何するんですか!?」


「申し訳ありません! 道を開いておけるのは極僅かな時間なのです。とにかくこちらへ!」


 さっきまでの低姿勢が嘘のように、男は強引に光の中に静羽を連れ込もうとする。線が細い割りに力が強く、ラクロスで鍛えている静羽をグイグイ引っ張っていく。


「いやー! 誰か! 助け・・・」


 静羽の叫びは途中で途切れ、二人は光の中に消えていく。そしてその光も徐々に小さくなっていき、消えてしまった。

 面白そうにその一部始終を見ていた浮遊霊たちも、光がなくなると急に興味が失せ、再び漂い始めていった。


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