赤野あじさい(1)
三部作の打ち込みが終わった頃、姉弟子の赤野あじさいが「鞭とロウソクと私と君と…」でスペイン書院大賞を取ったということでお祝いをすることとなった。
お祝いは先生と弟子だけでするささやかなものであった。これとは別に出版社主催の祝会や先生方を集めての祝会もするらしいが、今回は御金持一門の四人だけが集まる。僕は少しばかりわくわくしていた。
赤野はサイン会にボンテージで登場したり、自らのブログにSMショップで働いていた頃のことを赤裸々に告白したりと話題作りを欠かさない。読者に自らのきわどいボンテージやSMショップで働いている姿を想起させることで、官能小説の売り上げ増に自ら貢献している。
さすが、自らを「官能小説の女王」と呼ぶだけあって、自らの小説と実生活が見事にリンクしていた。今や、スペイン書院の看板作家の一人である。
僕は先生に連れられて、みんなが集まることになっていた料亭に行った。店に着くと奥の個室に案内された。中に着くと、すでに司馬やまとと赤野あじさいがいた。
「君が三番弟子の越前くらげか。私は一番弟子の司馬やまとだ。よろしく」
「私は二番弟子の赤野あじさいよ。よろしくね。あっ、先生、今日はわざわざありがとうございます」
「何を言っているんだ。弟子が活躍しているのに、何もしない親分がどこにいるんだよ。これくらい、親分として当然のことだ。さあ、始めよう」
たわいのない話をしているうちに店の人がタイミングよくビールを持ってきた。そこで先生が乾杯をしてから、祝会が始まった。赤野は司馬を呼ぶときに「兄さん」と呼んでいたので、僕もそれに習うことにした。
祝会の話題の中心はもちろん姉さんの受賞作についてであった。「鞭とロウソクと私と君と…」は姉さんの実体験に基づいて書かれていると言うこともあって、発表と同時に本は売れに売れた。官能小説としては異例の七〇万部の売り上げがあり、その記録は未だに更新中である。
「姉さんはこの仕事をする前はどんなことをやっていたんですか?」
大体のことはわかっていたが、僕はあえて姉さんの口から過去を語らせた。
「まあ、表向きはSMショップとかお水とかで長いこと働いたことにしてるけど、本当はかじった程度しか働いてないの。普通にOLしていた期間がほとんどよ。でも、この仕事をする上で必要なのは人が簡単に経験できない世界をどれだけ見せられるかだと思う。読者はOLの私にはなんの魅力も感じないけど、SMやお水の私には大きな魅力を感じてくれるの。だから、私はそれに応えるだけよ」