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読者を制する者は小説界を制する

 三月三一日、兄さんと姉さんとしゃしゃ丸と僕は小さな料亭に集まった。この日をもって僕ら御金持一門は完全に解散することになった。


 一月の大衆文学社での会議は実に画期的なものだった。これにより、「選考委員の完全独立・兼任禁止」の原則が確立。まず、選考委員になる際は全ての師弟関係を絶つことが求められる。


 もちろん、兄弟弟子についても同様である。今後のことを考え、僕らは先生の兄弟弟子の関係を解消することになった。もうすでに四つの仕事場が集まったあのフロアから出て、それぞれがそれぞれの場所で新たに仕事場を構えている。


 一七年前、先生が駒場一郎(後の司馬やまと)を弟子に取ったことによって始まった御金持一門の歴史に完全に幕が下りた。本当は先生も呼びたかったのだが、先生は「過去には興味がない」と言って顔を出さなかった。


 また、選考委員の兼任禁止により兄さんは大衆文学新人賞に専念することに決めた。カシオペア新人賞には先生が返り咲いた。他の出版社もイメージ向上のためにこぞって大衆文学賞のやり方をまねた。


 そのため、至る所で師弟・兄弟関係の解消が行われ、次々と新選考委員が生まれる。姉さんも新たに小説界新人賞の選考委員になった。中には先生のようにかつての選考委員に返り咲く例もあった。


 三月までに四大文学新人賞連名で新しい選考システムの確立を発表し、過去の疑惑との完全決別を約束した。そして、一日でも早く信頼を取り戻せるように頑張るらしい。


 一方、しゃしゃ丸の「文学新人賞裏取引大合戦」は発売からわずか九ヶ月で二〇〇万部の売上を記録した。また、この本は本屋大賞を受賞した。受賞の理由として、多くの書店員が「文学界最大の危機を告発し、文学界最大の危機を救った」ことを挙げていた。


 彼は受賞のときに「この危機から脱出できたのは多くの読者の支持があったからです。皆様には心から感謝を申し上げます」と語った。


 また、問題解決にばかり気を取られて、過剰な演出や発言で不快な思いをさせたことについて言及し、きちんと謝罪していた。兄さんも問題解決を急ぐあまり、選考委員の機密を漏らしたことを大文社に対して謝罪した。


 さらに大文社も問題ときちんと向き合わずに兄さんを選考委員から一方的に解任しようとしたこと、しゃしゃ丸に対して「ないことを捏造して注目を集めようとしているだけ」と発言したことを謝罪した。


 やがて、この流れはかつての選考委員にも広がり、「誤解を招く行為をしたことについて謝罪します」はこの年の流行語となった。まるでこの妥協の産物をあざ笑うかのように…。


 今はまだ、この選択が正しかったのかまったく分からない。もしかしたら、これが正しかったのかもしれないし、もしくは間違っているのかもしれない。しかし、今はその答えを出すときではない。それは何十年後か何百年後ぐらい経って、初めて分かることである。後世のこのことと無関係な人がこのことを英断と判断するのか、それとも恥ずべき汚点と判断するのか任せることにしたい。


 今分かっていることは「この世はきれいごとだけでは成り立たないこと」と「大義名分がなければ何も動かせやしないこと」である。結果、僕らはきれいごとだけで物事を進めようとして、利害関係を完全に無視した上に、物事を動かすだけの大義名分を見つけられなかった。


 一方、大文社の社長はさりげなく、人間の欲とかメンツとか義理とかの人間の一番どろどろしている部分を刺激して、その上で大義名分をきちんと示したものだからうまくいった。誰もが心のどこかに汚い部分があるのに、誰一人としてその存在を認めようとしない。


 そのくせ、それをさりげなく満たそうとする。その隠れ蓑となるのが大義名分である。大義名分さえあれば、汚い部分の存在を認めずに、その欲求を満たすことができるのだ。もっと早くそのことに気付いていれば、もっと違った結末を迎えたかもしれない。まあ、今さらこんなことを言っても遅すぎる。


 それにこの世界は読者がいて、初めて成立する世界である。読者がいなければ、作家も出版社も書店も存在することはできない。だから、この世界で生きる人は読者のことを第一に考え、常に読者を味方に付けようとする。正直、「読者を制する者は小説界を制する」と言っても過言ではないかもしれない。

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