どこまでもしたたかな先生(2)
「今後、このようなことがないように再発防止策を作りましょう」
「誰がみても透明性が高くて、公平でかつ厳格な選考システムやルールを作りましょう」
「今まで、弟子を持っている選考委員は自分の担当してるいる文学賞には応募させないと言う暗黙のルールがありました。しかし、それだけでは不自由分だから今回のような疑惑が生まれたんです。やはり、選考委員をしている間は師弟関係を解消しておく必要があると思います。選考委員は独立した存在でなけれればなりません」
先生が名調停役を果たしたことで、あれほど対立していた大文社・選考委員と僕らは今や利害関係を越えてお互いに協力し合って解決策を探している。ただ、山田さんだけはこの妥協案に対して不満をあらわにしていた。
「こんなけんか両成敗みたいな妥協案ではかえって読者の信頼を失いますよ。本当に信頼を取り戻したいなら、こんな茶番劇はやめましょう。やはり、当時の選考委員が裏取引の事実を認めて謝罪しないとダメです。それからですよ。こんな話し合いをするのは…」
この発言は立場の違いを越えて早期解決を図ろうとしていた会場に動揺を走らせた。やはり、早期解決は無理なのだろうか…。しかし、彼の言い分も最もであった。
「山田君、昔からいつも読者第一の編集員だったね。そして、今も新興出版で頑張っていると聞いたよ。まずはこのデータを見て欲しい。今の読者が何を望んでいるかデータを取ったものだ。その結果を元にして今日の会議の方針を決めたんだよ。他の皆様もこのデータをご覧になってください」
大文社社長が山田さんに語りかけるように話をした後、「今、読者が望んでいること」と題したプリントをみんなに配った。それによれば、今の読者は問題解決の徹底究明よりも問題の早期解決を望んでいることがわかった。
また、かつての選考委員が裏取引の事実を認めて、謝罪する姿を見たくない人が読者の九割に達することがわかった。特に自分が好きな先生がそんなことしたら、かえってショックを受けるという結果が出た。それよりもこの問題を未来に生かすべきだという意見がほとんどである。
「どうですか? 皆さん、私達の仕事は読者があって初めて成り立つ仕事です。読者不在の争いに何の意味がありますか? そんなことをしても読者が本から離れていくだけですよ。読者がこの問題の早期解決と再発防止を求めている以上、我々もそれに応える必要があります。そして、一日も早く読者が安心して本を読める環境を作りましょう」
会場にはあふれんばかりの拍手が鳴り響いた。社長の演説はすばらしかった。さすがにこれだけのデータを提示されたら、山田さんも納得せざるをえない。「読者」と言う大義名分を奪われたら、エゴしか残らないのだから…。さらに社長は続けた。
「それにこの問題は誰かに責任を負わせればすむ問題ではありません。誤解を招いた行為を裏取引だと考えてかつての選考委員に謝罪させれば、一部の読者を除いて、かえって小説家や出版社に対する不信感が広がります。また、先生方のメンツを完全につぶしてしまうでしょう」
それって、本当に守らないといけないものなのか…と山田さんがつぶやく。これまで山田さんがどんな思いで動いて来たかを考えれば、読者の思いがどうであれ、この幕引きでいいのかと思わずにはいられない。
「また、車車車さんや新興出版に対してデタラメなことを書いているから出版を取り消せと言えば、彼らのメンツを完全につぶしてしまうでしょう。もちろん、司馬さんのことだってそうです。司馬さんの言い分を完全に通せば、私達のメンツがつぶれます。逆に私達の言い分を完全に通せば、司馬さんのメンツがつぶれます」
ああ、社長の話は長いな…。それだと、読者よりも先生方のメンツやプライドを優先した事にならないか?
「つまり、今回の事件はあらゆる対立を引きおこすきっかけになりました。ベテラン作家と若手作家。改革派と守旧派。我が社でも三年前の事件の処理がまずかったため、多くの対立を残す結果となりました。しかし、この問題を早期にうまく解決できれば、あらゆる対立構造を一気に融和させることもできるのです。私は大衆文学社の社長として、いや、文学に携わっているものとして、今回の会議を問題解決の契機にしたいのです。なので、それぞれの立場を超えて、皆様の力を貸して欲しいのです。お願いします」
またしても会場には割れんばかりの拍手が鳴り響いた。この社長の話の後ではどんな立派な大義名分を持った対立も、エゴとエゴのぶつかり合う醜い対立にしか映らない。会議の主導権は完全に社長と先生の二人の手に握られた。
ここにいる一人一人がどんな思いを持っていようと、もはやどうにもならない。つまり、この事件はうやむやのまま解決させられることになる。




