どこまでもしたたかな先生(1)
年が明けた。いつもなら一年で最もわくわくする季節であるが、今回はあの事件のせいであまりいい気分で新年を迎えることができなかった。もう、いつも僕らを支えてくれた先生はいない。しゃしゃ丸を除く師匠と弟子が集まったフロアから先生は出て行き、代わりにしゃしゃ丸が入ってきた。あのフロアに弟子四人がそろう事となった。
事件で落ち着きがない日々を過ごすことが多かったが、それでも自分の小説を書き進めなければならなかった。その甲斐あって、何とか年明けまでに新作を仕上げることができた。
「どこまでもあいまいな灰色」は今回の事件を通じて感じたことをそのまま小説にしたモノ。一方、前作の「夢を夢で終わらせない」が龍之介賞にノミネートされた。二大巨頭である龍之介賞にノミネートされるのは生涯初のことである。
他の三人も事件で落ち着かないからと言って、作品を作らないと言ったことはなかった。それぞれがしっかりと自分の仕事をこなしていた。その上で事件と向き合うから意味があるのだ。作家としての仕事をせずに事件と向き合ったとしても意味がない。
一月二〇日、僕らは大衆文学社に向かった。大文社から最終通告が来た後、兄さんは謝罪もしなかったし、自分の発言も撤回しなかった。そのため、一二月三一日付で選考委員を解任されたはずだ。しかも、兄さんだけが呼び出されるならまだしも、他の三人と三年前の事件で辞めさせられた元社員・山田さんまで呼ばれるのは意外である。
「今日はわざわざお越し頂き、ありがとうございます。『文学新人賞裏取引大合戦』が発売されてから起きたさまざまな問題が大きくなり、それによりお互いの誤解が深まり、相互不信が起きました。今日はそれを解決するために、関係者に集まって頂きました。今回、調停役を任されました御金持好です。よろしくお願い致します」
完全に意表をつかれた。まさか、先生がこのような役を買って出るとは…。そして、先生と大文社の社長と座るテーブルをはさんで僕らのテーブルと他の大文新人賞の選考委員三人が座っているテーブルがあった。
あちらには兄さんが龍之介賞を取ったときに直本賞を取った浜島由利、車車車が大文新人賞を取ったときに一緒に受賞した香山真理、ハードボイルドを書かせたら右に出るものはいない大栄栄作が座っている。この三人も兄さんも三年前から総入れ替えされた選考委員であり、疑惑の裏取引とはまったく無関係であった。
「私が今回大文社にお願い致しましたのは、司馬やまとの選考委員の解任取り消しであります。また、そちらに座っておられる方々にお願いしたいのは、失った信頼を取り戻すためにはどうしたらいいか考えて欲しいのです。かつての選考委員はけして裏取引はしておりませんが、疑われる行為をしたのは確かです」
この気に及んで、先生は何を言っているのか…。白々しくてあくびが出そうだ。それは兄さんや姉さん、しゃしゃ車、山田さんも同じであろう。しかし、先生にはどこ吹く風って感じだ。
「それは大変申し訳なく思います。しかし、今は責任のなすりつけをしている場合ではありません。そんなことしても読者から愛想をつかされるだけです。お願いです。小説の未来のために各人の利害に囚われることなく、それぞれが一致団結する必要があります。今日がその第一歩となりますように」
先生は深々とお辞儀して、今我々がどれだけ危機的状況におかれているかを誠実に訴えていた。それにしても、どうして先生はこんな面倒な役を引き受けたのだろうか。
僕らを見捨てて、この問題から目を背けたと思っていたのに…。先生は僕らとは違ったやり方で問題解決に乗り出したようだ。その方法は僕らのやろうとしていることよりもはるかに現実的だった。




