師匠との決別
すると、先生が突然大声で笑い出した。さっきまでの沈黙が嘘のように…。そして、ようやく重い口を開けた。
「越前は相変わらずだな。昔からどこか遠慮がちで頼りない。そのくせ、すごい努力家で自分の信念をけしてまげない。あの頃の君はとてもじゃないけど、この世界でやっていけない。いずれ、この世界を去っていくと思っていた…肥前のようにね」
「先生…」
「しかし、君は成し遂げたんだ。自力で。その後もけして傲慢になることなく謙虚にコツコツ作品を世に出し続けた。それが今の君を作り上げた。あえて、何度も言わせてもらおう。君は不断の努力ゆえに今の地位を勝ち取った。確かにここにテープがあり、そこに私の声が入っている以上、それは紛れもない事実だ。それは認めよう。しかし、考えて欲しい。それなりに名のある作家、しかも選考委員を任されるような人達が明らかに実力のない人を私情で選ぶだろうか?」
先生は力をこめて話を続けた。僕らはただ静かに先生の話を聞いていた。
「しかも、選考委員が直接関与できるのは最終選考だけだ。それまでの選考は編集員や若手の作家などが下読みして選考する。君達だって下読みぐらいしたことはあるだろう。まあ、その過程で誰が読むか分かりもしないのに働きかけができるはずがない。ある意味、最終選考に三年連続で残ることは奇跡に近いんだ」
「つまり、何が言いたいんですか?」
あまりにも要点のない話に姉さんがしびれを切らしたらしい。先生に結論を急かした。
「だから、そこのテープにあるのは全て紛れもない事実であることは認めるが、その会話が新人賞を私物化した証拠にはならないと言う事だ。最終選考に残った作品はどれもほぼ一直線で甲乙つけがたいものばかり。それなのに選考に与えられた時間はわずか一日だ。それでどれを選ぶか決めかねてテープのような会話をするようなこともある」
その結論を聞いたとき、誰もが先生は開き直ったと思った。実にうまい言い訳であり、巧妙な言葉遊びでうまく逃げ切られた感じがする。
「それでも、やはりこれは裏取引だと思うなら、好きなだけ聞き取り調査や裁判でもやるといいよ。でも、何のためにそんなことをやる必要がある? それが本当に読者のためになるのか? もし、自分らのエゴのためにやっているなら、今すぐ止めた方がいいぞ。仕事仲間と読者に迷惑をかけるだけだ。あと君達のためにもならない」
もはや、これ以上話しても無駄だと思った。僕らは先生と決別する道を選んだ。すると、先生は弟子入りするときに書かせた契約書を取り出して、みんなの前で破った。先生が未だに弟子入りしたときに書かせた契約書を持っていることに僕らは驚かされた。
この翌日、先生から「前日付で四人との師弟関係を解消した」とテレビや新聞で発表した。その理由として、それぞれが一人でやっていく力を十分につけていること、師匠と弟子の間で路線の対立があったことを上げていた。
その上で今回の騒動の責任は弟子をきちんと育てられなかった自分にあると言って、一年間の作家活動を自粛するらしい。また、テープについての説明も僕らへしてくれたようにしていた。
ニュースキャスターから「どうして、今まで黙っていたのか?」と質問されたが、そこは先生なりにのらりくらりとかわしていた。とにかく、火消し役に徹している印象だった。
しかし、今の僕らはそれで納得できるはずもなかった。その後、兄さんは大文新人賞の選考委員を引き受けたときの書類がおかしいことをテレビで訴え、しゃしゃ丸を支持した。
姉さんや僕もしゃしゃ丸や兄さんのやっていることを可能な限り支えた。その結果、兄さんは大文社から最終通知を受け取ることになる。文学界のこの疑惑はなかなか真相がはっきりしないせいか、相変わらず世間の関心が高かった。毎日のようにニュースで扱われ、しゃしゃ丸の本は一一月末までに一五〇万部の売上を記録していた。




