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5年後の世界

 僕が大衆文学新人賞を取ってから五年が経った。月日が流れるのは本当に早い。先生の元に弟子入りしてから十年が過ぎたし、もう五〇歳になってしまった。


 先生も六五になって、唯一続けていたカシオペア新人賞の選考委員も作家養成学校の二校目の校長も辞めてしまった。ようやく、ゆっくりと仕事場で好きなだけ小説を書き、好きなだけ旅行ができると喜んでいた。


 先生はもう歳だから肥前あおいを最後に、弟子をとるのをやめてしまった。そして、内縁関係だった安本泰葉さんとようやく結婚されて、泰葉さんが先生のマネージメントを行うようになった。最盛期に比べたら、仕事の量もかなり減っているため、二人でも十分やっていけるとのことだった。


 かわりに兄さんがすごく忙しくなった。三年前から大衆文学新人賞の選考委員をするようになり、今年からはカシオペア新人賞の選考委員を兼ねるようになった。彼も四〇を過ぎ、作家生活も一五年が過ぎたため、いろんな仕事を任されるようになったらしい。


 姉さんは四年前にコロンビアから戻ってきてから、再び精力的に作家活動をしていた。また、青年海外協力隊で知り合った人と三年前に再婚し、今では二人の子供の母親でもある。


 「青年海外協力隊体験記」「何度でも女性は結婚に夢を見る」など経験と生活に基づいた小説を書くスタイルは健在で、それが多くの読者をとりこにしてやまない。


 しゃしゃ丸は相変わらずネタ不足で苦しんでいた。五年前に「棚からぼたもちがなくなった後」を出したときはまだ五〇万部の売上があった。しかし、その後もいくつか本を出したのだが、どれもぱっとしたものではなく、売上部数はどんどん減っていくばかりである。


 最近では一発屋の典型例として、真っ先に名前が挙げられるぐらいに落ちぶれてしまった。そのため、作家養成学校で最も忙しく働く小説家もどきの先生として皮肉られる始末である。


 肥前あおいは三年前に作家の道をあきらめて、先生の元を離れた。七年前の秋に先生の所にやってきた彼女はそれなりに頑張っていたが、全然芽が出ることなく、この世界から去っていった。


 小説家になることを諦めると行った時は、一門のみんなで引き止めたが、彼女なりに限界までやれたことに満足していたようだった。また、御金持一門の一員になれたことを誇りにこれからも生きていくと言って、新しい世界へと旅立っていった。これも自分の才能と努力だけが頼りの業界の宿命である。


 今では一児の母となっている。先生の元を離れてからも時々、子供を連れて遊びに来る。お母さんになった肥前あおい改め雪村夕七は幸せそうだった。


 一度だけ、家族全員で先生の元に遊びに来たことがあった。そのとき、もし僕が彼女と一緒になる道を選んでいたら、見知らぬ男性の代わりに自分が彼女の夫になっていただろう…とくだらないことを考えてしまった。


 そんなことを考えるのは自分らしくない。あのとき、小説の中に埋もれたまま一生を全うすることを決めたのは自分なんだと言い聞かせた。今さら、心にぽっかり穴が開いていることに気付いても遅すぎる。今さら、後悔してもどうにもならない。


 何かを選ぶことは何かを失うこと。彼女だって、普通の主婦になる代わりに、小説家になることを失った。姉さんだって、青年海外協力隊に行くことを選んで、一度離婚を経験している。例を挙げればきりがない。


 誰もが生き続ける限り、常に何かの選択を迫られる。何かを手に入れて、何かを失うかの…。そうやって我々はたくさんのモノを手に入れ、たくさんのモノを失っていく。

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