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ただ一人でも多くの夢を叶えてあげたかった…

「おい、越前。もし、都合がつけば一緒に旅行に行かねえか。ここ何年かずっと一人旅ばかり行ってたから、もう飽きてしまったよ。そっちの予定に合わせるから、たまには二人で旅行にしよう」


 これぞ、寝耳に水であった。先生は毎年九月頃になると日頃の疲れを癒すために二週間ほど旅行に出かける。


 しかし、この旅行に誰かを誘うことは今まで一度もなかった。兄さんも今まで一度もそんなことはなかったから、戸惑ったらしい。


 それにしても、どうして急に僕らを誘う気になったのだろう。しかも、僕の予定に合わせるなんて…先生のほうがよっぽど忙しいはずなのに…。


 噂によれば、もう十年ほど勤めている文芸新人賞、小説界新人賞、カシオペア新人賞と言った四大新人賞のうち三つの選考委員を全て辞めるのではないかともささやかれている。もう一つの大衆文学新人賞を除いて、三つもの選考委員を兼ねているのは先生ぐらいだ。


 こちらとしても、たくさん話すことがあった。先生と旅行に行ってからいろいろな話ができるのはとても都合がよい。


 結局、兄さんもしゃしゃ丸もうまく日程がつかず、あおいには先生の仕事場の留守をしてもらう必要があったため、旅行には先生と二人で行くことになった。


 旅行は沖縄の近くの小さな島に行くことになった。暑い中、どうしてわざわざ南に行くのかと思ったが、そこに着くと全てが納得できた。日頃の仕事を忘れて、ただゆったりとした時間の流れに身をまかすことができる幸せ。


 そこには都会のあわただしさはなく、ただそこにいるだけで体にたまっていた疲れやストレスが消えていくのを感じるのであった。


 夜は満天の星空を見ながら、ゆったりとした温泉に入った。その後、二人でおいしい海の幸を堪能した。先生とはいろいろなことを話した。先生の元に弟子入りして四年目を迎えるが、こんなたくさん先生と仕事と関係のない話をするのは初めてだった。


「時が経つのは本当に早いなあ…。今年で還暦だよ。越前は私の弟子になって何年目になるんだ」


「今年で四年目になります」


「そうか、もう四年も経つのか…。学校も今年で四年目になるんだな。全身の作家養成プロジェクトから考えるともう五年か…。そうか、青天がつぶれてから、もうそんなに経つのか…」


 最近、先生の髪に白いものが増えてきた。出会ってすぐの頃はまだ黒々としていたのに…。顔のしわも昔に比べてはっきりしてきた。それでも、新しい才能発掘の情熱は消して枯れない。いや、むしろ歳が増すにつれて増してきたほどである。


「私は間違っていたのかもしれない」


 僕は驚きのあまり言葉を失った。先生とあろうものが、そんなことを言い出すとは思わなかった。


「何をおっしゃいます! 先生が何を間違ったというのですか?」


「君と二人で作家養成学校を作ったことだよ。確かにこの学校のおかげで発掘できた才能もある。しかし、それはこの学校に入学した中の一%にも満たないんだよ。残りの九九%の人はこの学校に入ったばっかりに『己に才能がないこと』を悟り、泣く泣くこの道をあきらめていく。それはとても残酷な選別だ。そんな私のことを『無才能者への死刑執行人』と皮肉る人もいるぐらいだからね」


「そんなことは気にされなくて結構です!」


「学校なんて作らなくてもよかったんだ。その証拠に新人賞受賞者のうち、卒業生が占める割合は多くても三割だ。あとは己の才能に自ら気付き、自ら開花させた者。ほんのわずかしかいない己の才能に気付いていない者を発掘するのと引き換えに、数え切れないほどの多くの人の夢を壊してきた。私はただ一人でも多くの人の夢を叶えてあげたかったんだ。それなのに…」


 先生がこんなことを考えていたのが意外だった。しかし、この手の学校はタレント養成学校にしろ漫画家養成学校にしろお笑い芸人養成学校にしろ、世に埋もれた才能の発掘が目的である。


 そこには当然、選別により多くの人が才能がないことに気付き、他の道を模索していくことになる。知識の向上のために設立された学校とは、存在目的も違えば、その利用法も異なってくる。これは当然のことだ。


「先生のやっていることは何も間違っていません。間違っているのは先生の考え方です。だって、考えてみてください。私達は読者が本を買って読んでくれるから生活できるんですよ。読者が少しでも質の高い小説を求めつづける以上、我々も当然それに答える義務があります」


 あの偉大なる御金持好先生にこのような話をできる立場ではないことは重々承知している。しかし、弱気な先生を前にして何もしないもの何か違う気がしていた。


「確かに一人でも多くの小説家志望者が小説家になれることが望ましいのですが、それは読者が求めるものに応える力を持った上での話です。その前提条件を無視して、いたずらに小説家を増やしても、小説の質が悪くなり、読者との信頼関係が崩れるだけです。まあ、そんなことをしようとしても市場原理が働くから、質のいいモノは長く残っていきますし、質の悪いモノはすぐに淘汰されますけど…。例えば、青天出版のように…」


 先生は納得できないながらも僕の話を聞いているようだった。しかし、僕らは読者がいて初めて、その存在が許されるのである。これは先生だってわかっているはずだ。


 読者にその存在を認められないような人を、無理やり小説家にすることに何の意味があるのか。物があふれ、お金さえあれば何でも手に入ると錯覚している世の中だからこそ、作家養成学校みたいに才能があるものとそうでないものを選別し、そうでないものに夢をあきらめさせるシステムが必要なのだ。


 世の中が求めているのは誰でも本が出せる自費出版ではない。そのことはもう五年前にわかっていたはずなのに…。資本主義の国で市場原理なんか無視できないし、かりに無視できたとしても青天出版のように倒産して、かえって才能がないものを苦しめるだけである。


「そうか、こんな世の中だからこそ夢をあきらめさせるシステムが必要なのかもしれんな。まあ、資本主義の国で市場原理を無視してもいいことはないな」


「そうですよ。だから、先生のやっていることは何一つ間違っていません」


 しばらく、先生と学校のことを話して、ようやく先生は自分のしたことが間違っていないとわかってくれたようである。

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