小説のために全てを犠牲にしてきた
「どうして、私の気持ちに気付いてくれないんですか? 私は十四郎さんのことをこんなに愛しているんですよ。この気持ちを受け止めてください」
「何度も同じ事を言わせるな。僕は小説家になるために全てを捨てた男。もう愛とか恋とかそんなこと忘れたよ。あおいはこんなことをするために弟子入りしたのか? そうじゃないだろう。そんな暇があれば、大衆文学新人賞に向けて作品を作ったらどうなんだ」
「こんなことですって? それでよく小説がかけますね。本当の愛も知らずに…」
「何を言ってる。愛とか恋とか、そんなものは若いときにしたよ。この道に進む前にね。本物が何かわからんが、経験ならある。それで十分小説は書ける。だから、今の僕に新たな恋など必要ない。それに小説と引き換えに全てを捨てたんだ。そうして、ここまで来た。それのどこが悪い?」
どうして、四ヶ月前に気付かなかったのだろうか。もっと早く気付いていればこんな面倒なことにはならなかったはずだ。僕の誕生日を祝ってくれたのも、好意があったから他ならない。そうとも気付かず、僕はお返しをしなければと思い、彼女の誕生日を祝ってあげた。先輩として、後輩にいろいろしてあげるのは当然だと感じ、彼女を定食屋や居酒屋によく連れて行った。
しかし、それを彼女は自分への好意だと受け止め、僕への思いを深めていったようだ。もし、僕が才能だけでこの世界をのし上がった人間であれば、きっと彼女を好きになっただろう。彼女は見た目もいいし、その上性格もいい。さえない自分には本当にもったいないぐらいである。
だが、僕は全てを犠牲にしてやっとのことでこの世界にとどまっているような人間だ。その甲斐あって、やっと安定した地位を築こうとしている。今年も「大衆文学新人賞」は最終選考まで残りながら選外で終わってしまったが、出版社側が八月号、つまり受賞作を載せた翌月に僕の作品を載せてくれたのである。
また、当然のごとく単行本化すると言うのであった。僕は夢じゃないかと思い、自分のほほをつねって痛いかどうか確認したほど、これは夢のような話であった。
そうやって新人賞が取れないながらも、僕は不断の努力でこの世界における自分の居場所を広げてきたのである。これはもはや己の哲学となっていた。己の哲学を壊してまで恋をするほど僕は若くなかった。小説家になるべく歩んできた過去は重くのしかかり、自由な行動や思考をすることを許さないのであった。
その考えをより一層強くしたのは直本賞に赤野あじさいの「ミラーボールの虚像」と車車車の「校則が邪魔をする」の二作品が選ばれたからである。まさかの姉さんとしゃしゃ丸のダブル受賞であった。




