表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/47

再び桜の季節…

 また、桜の季節がやってきた。先生の元に弟子入りしてちょうど四年目を迎えた。気がつけば、自分の元に二人もの後輩ができた。少年誌の仕事もするようになった。


 自分の書いた小説が漫画として、少年誌に載っていることに未だに違和感を覚える。今や四〇を過ぎたオジさんであるが未だに少年誌を立ち読みする。中学の頃からもう三〇年近く読み続けている。


 子供の頃も、大人になってからも少年誌に連載する先生達がとても偉大に思えた。今、自分がその偉大と思っていた所に原作提供と言う形で書くことに参加している。それは小説が売れるのとまた違った快感であり、とてもこちょばく感じられた。


 四月末、今年も去年に続いて「大衆文学新人賞」の最終選考まで残ったので、大衆文学社に写真と受賞の言葉を考えて送ることとなった。去年も思ったが、いくら制作上の都合とは言え、受賞前に受賞の言葉を考えるのは変な感じがした。


 これで見事に新人賞が受賞できればいいが、選外となったときのあの何ともいえない気持ち。どうして、取れもしないの受賞の言葉なんて考えたのか…と思わずにはいられなかった。今年こそはぜひ受賞させてくれと思いながら、受賞の言葉を書いた。


 先生はとても忙しいらしく、もう何日も仕事場に戻ってこなかった。月に二、三回だけ顔を出して、あおいにいろいろ指示を出しにくる程度であった。最近は兄さんも先生の仕事を手伝う形で養成学校で授業をするようになっていた。


 あと、しゃしゃ丸も学校で授業をしているらしい。何でも新人にしてミリオンセラー、直本賞ノミネートと言う肩書きがあるため、彼の授業は大人気だ。まあ、何も知らない人から見れば、あいつはとても華々しく見えるだろう。しかし、内側から見るとあいつほど嫌な奴はいない。その現実を知ったときにショックを受けないといいのだが…。


 そうなると、あおいのめんどうを見るのは必然的に僕となる。まあ、先生の元に来てもう半年過ぎたので、特に問題なく仕事をこなす。今、彼女が次の大衆文学新人賞に向けて書いている作品について相談に乗ることが、僕の仕事になっている。


 いろいろ話を聞いているうちに、彼女は自分と同じタイプであることがわかった。四年前の青天出版倒産の被害者の一人であり、とても苦労している。当時学生であった彼女はその事件で「自分の居場所はここにない」と悟り、一回は就職もした。しかし、やはり夢を捨てきれずに仕事をしながら作家養成学校に通い、卒業したところを先生に拾われたのである。


「今日は兄さんの誕生日じゃないですか? せっかくだからいっしょに祝いましょう」


 彼女が突然、僕の誕生日なんて小説とまったく関係ないことを言い出したので唖然とした。僕が黙っていると、彼女は続けた。


「さっ、今日は仕事も終わったし、居酒屋でも行きましょう」


 僕は有無も言わずに、半ば強引に居酒屋に連れて行かれた。作家を志してからずっと自分の誕生日を忘れていた。気が付けば、毎年一つずつ勝手に歳が増えていっている…ただそれだけのこと。


 自分の誕生日を一人で祝ってもどうしようもないし、もう四五にもなれば歳が増えることは苦痛でしかない。それにしても、あおいはどうして僕の誕生日が五月一四日だと知っているのだろうか。


 仕事場では誰もそんな話をしないし、そんなことに関心がある人なんかいなかった。関心があることと言えば、本の売れ行きと文学賞を誰が取るかということぐらいである。


「やっぱり誕生日は誰かに祝ってもらうとうれしいですよね」


 ソルティードックを飲みながら彼女は無邪気なことを言う。僕はただ彼女の話に頷き、彼女の問いかけに答えるだけだった。何のことはない。彼女はただ飲む口実が欲しかっただけなのだ。


「兄さん、七月七日は私の誕生日ですからね。絶対に忘れないでくださいね。私、七夕に生まれたから、夕七なんですよ」


 さらには誕生日を祝ってやったから、私の誕生日を祝ってくれと言う始末。その上、小説家になろうとしているのにプライベートでは本名で呼んでくれとお願いしてくる。誕生日も本名も僕が作家になるのと引き換えにどっかに捨てて来たものだ。彼女はいつ捨てるつもりだろうか。


「兄さんのことをプライベートでは十四郎と呼んでいいですか? やっぱり公私の区別は必要ですよね…」


 僕は思わず言葉を失った。小説家に公私の区別なんかあるはずないからだ。そんなに公私の区別をつけたいなら会社勤めをすればいい。特に僕みたいに小説のために全てを捨ててきたものにとって、何の意味があるのか意味がわからなかった。


「ああ、好きなようにすればいいさ。でも、プライベートだけだぞ。」


 このときの僕はこれが大きな間違いの元だったとはまったく考えていなかった。これも肥前あおいの小説作りに何らかの形で役立つなら、お安いご用だ…程度にしか思わなかったから笑止ものである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ