今こそ恩返しの時!
文学界新人賞受賞祝会の後、すぐにしゃしゃ丸は仕事場を出て行った。わずか半年あまりの下積みで独立したのは一門の中では最速である。その後、しばらくは自分の仕事をしながら、先生の下働きもこなしていた。
しかし、九月に先生が作家養成学校の副学長に就任し、僕も新聞小説の連載が週一から毎日に変わったことで状況が変わった。先生も僕もすっかり忙しくなってしまった。
また、運よく大衆文学誌に空きが出たので、そこに「先生の大きな背中」を載せてもらえる事になった。それがそれなりに反響があったと言う事で、未受賞作としては異例の単行本化が決まった。
それらに後押しされる形で僕はようやく独立を決意した。未だに小説家として新人賞は取っていないが、大衆文学誌が大衆文学賞最終選考通過作として、ほぼ新人賞受賞作と同じ扱いで出版してくれたので本当にうれしかった。
世間では「無冠の新人賞受賞作家」と皮肉られているようだが、どんな形であれ、第一線で活躍できる事は作家として無上の喜びである。
しかし、先生にその旨を伝えると意外な反応を示した。僕は完全に面食らった。あれっ、九ヶ月前と全く様子が違うぞ?
「すまないが、もうしばらくここに留まって、私の元で働いてくれないか? 九ヶ月前と違って状況が変わったのだ。せめて、五番弟子が一人で仕事ができるようになるまでここにいて欲しい。頼む。いや、お願いします」
先生は僕に対して深々と頭を下げて、もうしばらくここで働くように言うのであった。僕は大変申し訳ない気持ちになると同時に、自分なんかを頼ってくれることをうれしく思った。
「先生、お願いですから、頭を上げてください」
先生が頭を上げたのを確認してから僕は続きを言った。今こそ、先生に恩を返す時である。
「今の自分があるのは先生のおかげです。先生が困っているときに何もしない弟子がどこにいるんですか? そんなにかしこまらずに気軽に何なりとお申し付けください。それを果たすのが弟子の義務です」
「ありがとう。そう言ってくれるのは越前、君だけだ。他の三人は私を踏み台にしたが、君は常に私を立ててくれる…。私は幸せ者だ」
そうして、僕は自分の仕事もこなしながら、先生の下働きもし、さらに五番弟子も育てる役もすることになった。はっきり言って休む暇はないが、二十四時間フル活動の先生を見ていたら、弱音を吐けなかった。
それから数日後、先生は五番弟子を連れてきた。
五番弟子は大村夕七という二五を過ぎた女性だった。養成学校を卒業した後、路頭に迷っていたところを先生に拾われたようである。これは少しばかり面倒なことになったぞと思った。男同士ならいいが、女性であればいろいろ気を遣わないといけない。




