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御金持好の過去(2)

 先生はバーボンの水割りのおかわりを頼んだ。僕も同じ物を頼んだ。つまみはピーナッツのバター焼き。バーボンにピーナッツのバター焼きは最高の組み合わせである。


 そこに高尚な話があれば、もう言うことなし。まあ、僕の話はそうでもないが…。


「確かにあの三人は小説家としては結構順調な足取りを歩んだからな。特に車車車はまったくと言っていいほど苦労を知らない。私が思うに彼はこの先、きっと苦労すると思う。この世界は一度もスランプを味わうことなく全うできるほど甘くはない…」


 先生の口にピーナッツが入り込む。僕もすかさず、ピーナッツを口に入れる。このような密度の濃い話にはちょっとした小休止がないと集中力が続かない。


「まあ、彼がコツコツと二作目や三作目を作っていれば話は別だが、そうでないなら『一発屋』で終わってしまうだろう。師匠として、そうならないように言って聞かせているのだが、今の彼は舞い上がって、まったく聞こうとしない。まあ、こうなったら一度痛い目にあわないとわからないだろうな…」


 一度と言わずに、何度でも痛い目にあって欲しいものである。僕は心の中で何度もそう思った。


「越前、絶対にあいつらをうらやましがるな。お前はお前のペースでコツコツ頑張ればいい。お前は誰の真似もできないし、誰一人としてお前の真似もできないのだからね」


「ところで先生はどんな苦労をされたのですか? 僕は先生の若い頃をあまり知りません。知っている事と言えば、弟子入りしてからの二年とそれ以前は一読者としていくつかのヒット作を知るのみです」


 先生はグラスの中の氷をカランカランと音を立てながら、遠くを見つめていた。それは遠い昔を眺めている目だった。苦労の末に栄光をつかんだものにしかできない眼差し。


「君と同じだよ。今から三〇年ほど前、私がまだ学生の頃のことだ。私は小説家を志したものの、当時は佐藤家康や山口政子と言った天才が十代で文壇デビューして、注目を欲しいままにしていた。でも、私はあきらめなかった。出版社で勤めながら、ざら紙に刷って作った本を友人などに配って回ったり、いろんな新人賞に応募したりしたものだよ…」


 先生のグラスがカランカランと音を立てて、先生の口にバーボンが流れ込む。僕もそれに合わせて、バーボンを流し込んで息つく。話を聞いているだけなのに、なんてこんなに共感してしまうのだろうか…。


「あるとき、担当の七谷栄一先生から弟子入りしないかと言われて、先生の元で仕事のかたわら、作家のイロハを叩き込まれたんだよ。それから、約十年後、やっとカシオペア新人賞でデビューしたんだよ。それからはいろんな仕事しながら細々とやってきたなぁ…。弟子を取るものその影響かね…」


 なるほど、先生にもそんな過去があったんだとしみじみと感じた。受賞作の「タンデムシートに君を乗せて」は僕も作家を志してすぐの頃に読んだものだ。


 先生は謙遜していたが、その後も優秀な作品を次々と生み出し、作家としての確固たる地位を確立した。同時に後輩育成にも力を入れており、一門の四人の弟子はもちろんのこと、作家養成学校や講演の活動もしている。


 もちろん、己のために使える時間なんてまったくなかったはずだ。それは弟子として先生を間近で見てきたからよくわかる。


 先生の弟子になれてよかったです。と言ってしまいたかった。人間としても小説家としてとても尊敬できる。先生は人を見る目がある。


 けして、数字や受賞などと言ったうわべのものには左右されずに、心の芯にあるものを大切にしてくれる人。こんな人がこの世にどれだけいるだろうか…。

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