御金持好の過去(1)
僕らはそのまま乗り込んだ。タクシーは十分ほどで「ハバネロ」の前に着いた。車の中では無言だった分、店に入るとすごく饒舌になった。
「越前、お前がそんなに卑屈になることはないぞ。最終選考まで残ったことにもっと自信を持てよ。最終選考なんて選考委員のその日の気分で変わるもんさ…」
「またまた、ご冗談を…。先生、気休めはよして下さいよ…」
「いやいや、それは私も選考委員をやっているからよく分かる。最終選考まで残った作品なんて、どれも横一列に並んでいて全くと言っていいほど差はない。迷った末に、自分の好みで作品を選ぶ事もある…。だから、お前が受賞して、車車車が選外だった可能性も十分あったんだよ」
「そんな慰めは結構です。先生までが私の自尊心を傷つけるおつもりですか? 一度出た結果に今さらあれこれ言ったところでどうにもなりませんよ」
二人でバーボンの水割りを飲みながら、今回の祝会についての話やら作者としてあるべき姿やらについて話していた。
「すまない。そんなつもりで言ったわけではないんだよ。それにしても結婚組の方は楽しくやっているんだろうな。私と君だけだよ。小説を書くことに全てをかけたために未だに結婚してないのは…」
「あれ、先生には奥さんがいらっしゃるのではないですか?」
「いや、あれは内縁の妻だ。こんな仕事をしていては幸せにしてやれないと思い、結婚はできないと言い続けて来たが、泰葉は私を信じると言って離れないのだよ」
僕は先生が結婚していない事を初めて知った。あの方が内縁の妻だったとは…。そうは言っても、先生は文学界の重鎮であり、今さら明日の生活を心配する必要もない立場にある。内縁の奥さんと一緒になったらいいだろうに…と思ったが、そんなこと弟子の立場で言えた義理でもない。
「まあ、今さら結婚しようとも思わないが…。それでは泰葉があまりにもかわいそうだ…。さすがにそろそろ結婚しようかと考えている」
「そうですか…。それがいいと思います」
「私と君は小説のために多くのモノを犠牲にしたが、他の三人は欲しいモノをすべて入れてきたんだろうな…きっと。なあ、越前だって、そう思っているんだろう?」
思わず吹き出してしまった。先生とあろうお方がそんなことを考えていたとは…。先生は「何がおかしいんだ」と少し声を荒げて僕を制した。
「いや、先生でもそんなことを考えるだなと思ったら、おかしくて…。まあ、先生は苦労されたからそう思うのでしょう。そうでなかったらそんなことを考えませんよ。人間と言うのは自分の見て来た世界でしか、判断できない動物なんです。仕方ありませんよ…」
「越前、お前はやっぱり、私が見込んだ男だ。弟子にして本当に良かったよ…」
「僕は下積みが長いから、まあ今も下積みなんですけど…。自費出版したときなんか本一冊売るのがどれだけ大変で、本一冊売れることがどれだけうれしいことか身をもって体験しましたよ。あと、出版社が倒産したときなんか、先生が拾ってくれなかったら、僕は完全に路頭に迷っていたことでしょう。あの三人には絶対にわからないことです」




