弟弟子が来る!
先生の所に弟子入りしてから二回目の年明けを迎えた。いつまでも先生に迷惑をかけられないと思い、新人賞をねらっているがなかなかうまくいかない。
先生が出した課題小説の家族物語が地方新聞社から高い評価をしてもらい、三月からの日曜版に連載してもらえることになった。
もともとは御金持先生が頼まれた仕事であったが、先生は常に十本ほどの執筆業務を抱えている上に、作家養成学校の講師、講演活動も行っているため、これ以上仕事を抱える事は不可能であった。
それで、先生の名代と言う形で仕事を引き受ける事となった。相手の新聞社も
「御金持先生のお弟子さんなら、きっと質の高い仕事をして下さるでしょう」
と快諾してくれた。下手なものを書いたら、先生の顔に泥を塗る事になる。へまは絶対にできない…。
まあ。一昨年より去年、去年より今年と…少しずつだが進歩している。地方新聞とは言え、新聞小説の連載が決まったことを先生も兄さんも姉さんも喜んでくれた。
「越前、官能小説の月一と新聞小説の週一の連載は大変だろう。同時に次の新人賞の作品も作らないといけない。その上、今までと同じように私の下働きをしていたらぶっ倒れるんじゃないか?」
「いや、そんなことはないですよ。まだまだいけますよ。それより今はまだ独立できるほどの収入も力もないので、ここで頑張るしかありません」
「それがお前の悪いところだ。いいか、お前はそれなりの力を持っている。そこに私の所で修業して、この世界でやっていくノウハウやスキルを身につけさせた。それなのに、お前は全く己に自信を持てないでいる。その引っ込み思案が己の足を引っ張っていることにどうして気付かない」
先生はとても悲しそうに、でも僕がこんなことを言うのを予測していたかのような受け答えをした。
もしかして、僕はもうここを追い出されるのか。そして、新しい弟子がここに来るのだろうか。僕は何と言っていいのかわからず黙っていると、先生が言葉を続けた。
「そこで来週から新しい弟子を連れてくるから、そいつと競い合って欲しい。そして、お前には力があることを確かめて欲しい。それが私の願いだ」
「何ですって!」
あまりにも予想外の展開に驚きが隠せなかった。弟子を一人前にするためなら、どんな手段でも臆せず実行に移す先生に、僕はただただおろおろするだけだった。
弟弟子とどんな風に競えばいいのだろうか? 先生の仕事をどんな風に二人で分ければいいのだろうか? わからないことばかりだった。
「まあ、もう決まったことだ。兄弟子として、私の至らないところをあれこれ指導してやってくれ。同時に二人はライバルとなる。彼はもうすでに大衆文学新人賞に応募している。これは楽しみだな」
僕の不安をよそに、先生はうれしそうに新弟子の話をしていた。どうやら、僕と違ってけっこう要領がいいらしい。これはボヤッとしてられない。追い越されないように頑張るしかないのだ。
それから一週間後、先生の四番弟子が仕事場にやって来た。彼は轟正夫と言うまだ大学四年生の青年だった。僕よりも二〇歳ほど年下だった。
彼のペンネームは「車車車」と書いて「しゃしゃぐるま」と読むらしい。本名の轟をもじったものである。
この頃、僕はペンネームを「越前くらげ」から「南風新」に改めた。新聞社より越前くらげは官能小説家としてのイメージが先行しているため、このままの名前で連載できないと言われたのである。
そこで、小説家を志してからすぐの頃に使っていたペンネームを使うことにした。これからは先生と同様、普段は「南風新」、官能は「越前くらげ」の二つを使い分けていくことになる。
「兄さん、これどうしたらいいんですか?」
しばらく、誰のことを呼んでいるのかわからなかったが、これは車車車が僕を呼んでいるのだと言うことに気付いた。初めての弟弟子になれない僕にとっては「兄さん」と呼ばれることもくすぐったいし、きちんと教えられるのか不安を感じるのであった。
「これは大衆文学社へ送る原稿だから、ここにファックスで送ればいいよ」
「ありがとうございます」