先生は鉄人
先生が帰ってきたのは九月の中旬だった。予定より二週間も長く旅に出ていたことになる。つまり、一ヶ月もいなかったのである。先生は兄さんと僕に「留守をありがとう」と言ってから、早速仕事を続けていた。カンヅメにされて、小説を書き続けていたはずなのに…。もはや鉄人である。
どうしたら、ネタ切れせずに次から次に作品を構想しては、ひたすら量産する事ができるのだろうか? 僕はどうしたら先生のようになれるのか、知りたくて仕方がなかった。
「今から久々に養成学校に行って来る。それから明日は小説界新人賞の打ち合わせがある。売れっ子小説家に休みなんかあるもんか…」
少しヤケクソ気味になりながら、先生は何事もなかったかのように旅行前と同じような日常の生活に戻った。兄さんと僕は先生が出た後に大声で笑った。その後、兄さんもいつもの生活へと戻った。僕も先生の下働きの生活を再開した。
十月に入ってから兄さんの指摘を基にして、手を加えた小説を先生に見てもらった。
それは先生の身の回りが少しばかり落ち着いてきたのを見計らった上での行動である。忙しいながらも先生は仕事の合間に一通り目を通してくれた。二日後、先生は僕に原稿を渡してから、このようなことを言った。
「まあ、司馬からある程度のことは聞いていたけど、これでは新人賞は無理だね。これでも彼の助言を基に手を加えたんだろうけど…。小説の基礎の部分がすでに借り物になっているから、重箱の隅で君の独自性を出した所でたがが知れているよ。別にこれでもいいけど、これではよくて一次選考通過だろう。ある程度、小説の形が整っていれば一次はどうにかなる。でも、二次や三次ではそうはいかない。やはり独自性が出せない小説は落とされる」
やはり、先生は兄さん以上に厳しく、そして的確に弱点を指摘してくれた。しかし、今さら小説を新しく書き直しても、間に合う可能性はきわめて低い。また、手を加えたぐらいでは小手先の変化にすぎず、根本的な欠陥がそのままになってしまう。
「先生、兄さんから聞きましたけど、僕はこの新人賞しか狙えないそうですね。他は先生が選考委員をされているから応募できないって…」
「なんだ。司馬がそのことを話したのか…。本当は私から話さないといけなかったのだが…。まあ、そう言うことだ。最悪、私がお前のために選考委員を降りればいい。まあ、今回は残り一ヶ月しかないけど、やれるところまでやってみろ」
先生の言葉は大変うれしかった。しかし、もし先生が自分のために選考委員を降りてチャンスを広げてもらったのに、それで新人賞が取れなかったときのことを考えると怖かった。