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大衆文学新人賞

 二週間の休みが終わる頃にようやく小説が完成した。もう、九月に入って、朝夕は少し涼しい。昼間、あれほどうるさかったセミの鳴き声は聞こえなくなり、かわりに夜には鈴虫が大きな声で鳴くようになった。


 ところで約束の二週間が過ぎても先生は帰ってこなかった。何かあったのだろうか? 少し心配になった。そんなとき、突然仕事場に兄さんがやってきて、開口一番でこう言った。


「今、オヤジから連絡があって、旅先で書き出した小説を完成させてから帰ってくるらしい。それまでの養成学校の講師の代理を頼まれたよ。もう、オヤジは気まぐれなんだから…。ところで越前君、オヤジの講義資料は? オヤジの話ではここにあるらしい」


「あ、兄さん、お久しぶりです。先生の講義資料は確か…ここに」


「越前、ありがとうな…。じゃ、行って来るよ」


 先生が事件や事故に巻き込まれていないことに安心したが、いつ帰ってくるか分からないことに少し不安を覚えた。


 そんなことを考えながら先生の資料を見つけ出してから、それを兄さんに渡した。兄さんはもう時間がないらしく、慌ててここを出て行った。


 その後、先生が出版社の人に見つかってしまい、カンヅメにされていることがわかった。僕は兄さんと一緒にそのことを笑った。それにしても、あれだけ小説を書いていながら、それでも締め切りを守れずにいるなんて…。


『先生、この仕事を仕上げてください』


『先生、そっちはいいから、こっちを仕上げてください』


『何を言っているんだ。こっちは一ヶ月も前から待っているんだ』


『あっ、先生、ぶっ倒れないでください。点滴を打ってでも書き上げてください。先生…先生…』


 こんな想像をして思わず吹き出す。それを見ていた兄さんがすかさず突っ込んできた。


「突然吹き出してどうした? 何か変なことでも考えたんだろう?」


「違いますよ。先生がいろんな出版社の人から原稿を要求されているのを考えたらおかしくて…」


 すると、兄さんはそんなことはありえないと教えてくれた。それは漫画や小説の話でしかないらしい。現実ではある出版社がカンヅメをしている間は他の出版社が来ないように守ってくれるし、先生がぶっ倒れないように健康管理もしてくれるらしい。


 せっかくなので、兄さんに僕の小説を見てもらうことにした。兄さんは喜んで僕の小説を見てくれた。こういうとき兄弟子の存在がとても頼もしく思えた。


「なるほど、大衆文学新人賞を狙っているわけだな。わかった。二、三日中に読み終えて、厳しくダメ出しをしてあげよう。じゃあな」


 それから三日後、兄さんは小説を読み終えて仕事場にやってきた。正確に言うと先生がまだ戻ってこないので、講師の代役を終えて戻ってきたのである。兄さんも大変である。僕も先生がいつ帰ってきてもいいように毎日仕事場に通う。


「なかなかいい小説だと思うよ。ただ、これでは新人賞は取れないだろうね。この小説はどこにでもありふれていて誰でも書けそうな感じがする。もっと『越前くらげ』しか作れない世界をきちんと作り出すべきだね。まあ、七年前に僕もオヤジに同じことを言われたんだけどね…」


 兄さんは僕の小説に対して的確な助言を与えてくれた。確かに僕が今まで書いてきた小説はどれもどこかで見たことがあるようなモノばかりで、独創的なものはほとんどなかった。


「ありがとうございます。早速、問題の箇所を直したいと思います」


「うん。ぜひ頑張ってくれ。僕らはこの新人賞から狙えないからね」


「えっ、それはどういうことですか?」


「えっ、聞いてないの。オヤジが四大文学新人賞のうち文芸新人賞、小説界新人賞、カシオペア新人賞の三つの選考委員をしているから、他に出すことは許されないんだ」


 僕はそれを聞いて、これがダメだったら次のチャンスは一年後なんだと重い気持ちになった。それか、別のペンネームを使って、しれっと文芸新人賞、小説界新人賞、カシオペア新人賞に出してみるか…。ばれた時が面倒だから、今はやらないけど、チャンスが年に一度しかないのはつらいな…。越前はそう思った。

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