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Hand to Heart 【side A】  作者: 亨珈
猫の恋
86/169

86 「俺の今の気持ち……自分で解釈してみて」

「さっき言ったとおり、皮を剥いたら白い肌なんだよな真弓。つまり、ずっと手も触れないで遠くから片思いしている人が裸になっている様子を想像して夜も眠れないってわけだ、貫之さんは」

「えええっ!? 片思いの切なさを歌ってるんじゃないんですかーっ」

 ぶわわっと血が上ってしまう。歌人って……歌人って!

「勿論そうだけど、わざわざ白真弓って表現するからにはそうとられても仕方ないんじゃないかって先生が」

 にんまりしているけどさ、うん、確かに面白い話題ではあるんだけどさっ。

 折角綺麗で切ない恋の歌~ってじんわりしているときにそりゃねえよ!

「貫之さんの好感度大幅ダウン……」

 げっそりしながらも、くるりと椅子を反転させて自分のノートに書き込みをする。

 忘れない内にメモっとかないと。


 書き終えて手を止めたところを後ろから椅子ごと腰に腕を回された。

「智洋~?」

 なんだなんだ、甘えたモードに入ったんかな。それにしちゃあ微妙な距離感あるけども。

「──男なら誰だって好きな相手のこと剥いて直接肌に触りてえって思うだろ」

 耳の後ろで低く囁かれる。

 えっ、もしかしてさっき俺が紀貫之責めるようなこと言ったから怒ってんの? 智洋、そんなに好きだったんだ?

「ご、ごめん、そんなつもりじゃ、」

 何しろ椅子ごと拘束されているから真後ろの智洋の表情を確認することすら出来なくて、俺は精一杯顔を向けようとしながら、腹の辺りにある手の甲に自分の手を重ねた。

「そうだよねっ。スキンシップは気持ちいいもんな! 触りたいよな」

 と言っても今触れる箇所がそこしかないので、俺は少し力の抜けた手を解くと、指と指を絡めるようにして両手を繋いだ。

 ふふ、智洋の手、俺より指が長くて手の平がちょっと硬くて……でもあったかくて気持ちいいや。ラケットを握るから皮が厚くなっちゃうのかなあ。


 しばらくそうしてじっとしていると、黙ったままだった智洋がそっと手を外しながら呻くように言った。

「津の国の 難波のあしの めもはるに しげき我が恋 人しるらめや」

 え? それって次の貫之の歌、だよな。

 さっきのはスルーして次に行けってこと?

 もう一度教科書を手にして振り返ると、何故だか智洋がこっちに背を向けていた。

 やっぱり、怒ってるんだろうか……。

「あの、ごめん智洋、あのさ」

「いい、多分和明勘違いしてる。俺、怒ってんじゃねえし」

「え、じゃあなんで、」

「次の歌、俺の今の気持ち……自分で解釈してみて」

 それきりまた黙ってしまった智洋が、引き出しから物理の教科書を出すのを見て、自分でやるしかないんだと納得した。


 じっと歌全体を何度も目で追って、想像してみる。下手に文法から入ると先に進めないから、まず全体を見てみようと思う。

 この歌は、多分だけど……他の歌より単純な気がする。

 まず風景の描写から入ってるし、我が恋って堂々と歌ってるし。ってことは、真ん中の部分「めもはるにしげき」が前の風景と後ろの心理を両方引っ掛けている可能性が高い。

 さて、ここからが辞書の出番さ!

 「め」は「芽も張る」に掛けて言うって書いてある。目の届く限り。遥かに。

 「しげ」は「繁る」の変化だから、密集しているとかそれでいっぱいである様子だな。

 ってことは……。

 津の国の難波の葦が、目の届く限りずっと密集しているように、私の心の中も恋しい人の事でいっぱいだ。

 ここまではいいかな、多分。んで、最後の部分。

 人しるらめや。反語だよね~。人って誰かな? その恋しい相手かな、それとも周りの人皆かな……。

 人は知っているだろうか、いや知らないってなるもんな。

 大抵このパターンだと、人っていうのは相手を指しているから……心の中で恋しく思っている人、かな。

 うん、意味は掴めた!

 嬉々として書き込もうとして、はたと手が止まる。


 待て待て……さっき智洋、今の気持ちとか言ってたよね?

 うん、言ってた。

 恋しい人は、こんな気持ちに気付いていないよね? って言いたいってことだよな。


ようやくピンと来た和明でありました。


高校の古文の授業では、先生によっては文法通りじゃないと叱られるかもしれませんので、ここでの意訳は心の中にメモする程度にして置いてくださいまし。

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