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Hand to Heart 【side A】  作者: 亨珈
猫の恋
85/169

85 貫之さんはエロいらしい


 ご馳走になったからと洗い物はウォルター先輩が片付けてくれた。大野会長は寮に帰ってからも使うからとパソコンを手提げに入れて、施錠してから三人一緒に寮へと帰る。

 下校時刻も近くて、体育会の準備で殆どの生徒が残っていたからかめっちゃ注目されたような気がする……。

 先輩二人は超有名人だし、身長高いから余計目立つし、真ん中の俺は比べたらまんま小学生か中学生かみたいな感じで恥ずかしいったらありゃしねえ。

 けど、一人でうろついたらまた智洋にも叱られちゃうしな。そういう周りの目さえ気にしなきゃ、先輩たちと居る時間はとても有意義だし楽しいと思う。


 エントランスで別れて、部屋に帰ると智洋が待ってくれていた。いつものように食堂へ向かうと、席に着いた頃に携もやって来て、三人一緒に「いただきます」をする。

 今日の晩御飯は、地鶏の親子丼と酢の物と味噌汁だ。舌鼓を打ちながら完食し、食後のお茶タイムに携に話しかけてみた。

「あのさ、ウォルター先輩が、携とシャールさんがラブラブ過ぎて部室にいられないって避難してきてたよ」

 湯飲みを持ったまま携は片方の眉を上げた。ちょっと意表を突かれた時の顔。

「それはサボりたいだけの言い訳じゃないのか?」

 う、きっつー。

 ウォルター先輩、携にまでこんなこと言われるなんて普段どんだけ仕事してないんですか!

「俺もやるけど、元々は俺と会長が日本語で仕上げた書類を上に提出するために翻訳するのがあの人の仕事だ。やらなくて滞っているから仕方なくやっているだけで、遅くなると支障が出るからシャールが手伝いに来てくれているんだよ」

「ふうん……いちいち翻訳が要るなんて大変そうだな」

 相槌を打つ俺の隣では、智洋もげんなりした表情だ。まあ俺には関わりなさそうだけどさ。

 シャールって呼び捨てにしてるんだな~。年齢不詳だけど、仲良きことは美しきかな。つか、二人がそもそも美しいんだけども。

「まあさ、これからはちゃんと仕事してくれそうだし、良かったよな」

「だといいけどな」

 あまり当てにしてはいないのか、ふうっと遠い目をされてしまう。信用ないですね、先輩……。


 月曜日に古文の解釈が当たる筈だから予習しとかないと、と思い出して携に確認してもらおうと話をしたら、そこならもう授業でやったと言う智洋。こういう時ってクラスが違うと助かるー!

 入浴を済ませてからゆっくり勉強することにして、いつも通り時間差で大浴場を使った。

 携も一緒にどうかと思えば、一応自分なりに解釈はしているらしく、同じ答えだと芸がないから遠慮しておくと言われた。真面目だな~。勿論、俺だって自分では考えるけどさ、あんまり的外れなこと言ったら恥ずかしいじゃん。

 今習っているのは「古今和歌集」で、その中から色んな解釈が出来る歌をいくつか選んだものが教科書に載っている。まさか全部習うわけにはいかないもんな。

 それがまた殆どが恋愛絡みなもんだから、毎回俺はうんうん唸りつつ、自分なりに理解しようと努めているんだけどさ……完全に理解してるとは言い難いよな~。

 でも古文の三宅先生は、平等に順番に当てていくから、前の授業で俺の前の席まで来てて、次絶対に当たるって判っているから手が抜けねえ。取り敢えず次の二首位は自己流に解釈しとかねえとヤバイ。


 机の上にペンケースと教科書、ノート、古語辞典を広げて、広げた教科書を持って椅子ごと智洋の方へ向いた。智洋も自分のノートを広げて、でも俺には見えないようにして「んじゃ、やりますかー」と声を掛けてくれる。

「紀貫之だったよな」

「うん。『手もふれで 月日へにける白まゆみ おきふし夜は いこそねられね』なんだけどさ」

 頷いて続きを促す表情の智洋から視線を教科書に落とす。

 これって、まるっきり恋歌なんだよな……。うう、苦手。

「手も触れないで月日を経てしまった白真弓のように、起きているときも寝ている時も……ここがちょっと解んなくて。最後は眠れない、だと思うんだけど」

 おずおずと正面の智洋を覗う。

「あー、この歌って凝りまくってて難しいよな。ところで真弓ってなんだと思う?」

 わかるよ、という風に頷きながら、智洋も俺を見た。

「弓を表している綺麗な呼び方、だよね?」

「それもあるけど、ヤマニシキギっていう木で作った弓っていう限定的な意味でとるといいらしい。一皮剥くと白いから白真弓。つまり『いこそ』ってややこしいけど弓に対して『射る』っていう表現と『寝る』っていう意味の『いる』を引っ掛けてるんじゃないかって。で、こそ、けれって言い回しは強調だよな」

 ふむふむ……。てことは、白真弓を擬人化して恋人に表現してるんだから~……。

 文法通りに順番に訳すと、途端にはちゃめちゃな感じになっちゃうんだよね。だからこの際、前から順じゃなくてこの歌がイメージしているシーンを思い浮かべようと頑張ってみる。

「夜は、ってあるんだから、今は夜で。おきふしは、起き上がったり寝転んだり落ち着かない……って感じかな。い、を強調してるんだから、寝たいんだよね。だけど眠れない……かな? 正直、弓に関してはよく判んないや」

 左右に首を揺らしながら考えをぽつぽつ口にしてみると、ああと頷いてくれて。

「おきふしって表現は、実際に弓を扱っている人しかピンと来ないだろうって。そういう動作をするんだってさ」

「なるほどねー。だからいっそ、弓としては置いといて、真弓っていう想い人と取った方がいいんだろうなあ」

 はは、と笑うと何故か智洋は少し意地の悪い笑みを浮かべた。

「まあ、授業で教えてくれるだろうけどさ、一番裏の意味っていうか、こういう解釈どう? っていうのがエロいぜ?」

 え、エロイんですか……?


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